政局混迷で市場は右往左往していますが、10月20日以降に召集される臨時国会で新しい首相が決まります。誰が首相になっても財政拡張路線が強まるのは避けられない情勢ですが、日銀が緩和的な環境を維持するもとで財政を吹かすというわが国の姿は、現代貨幣理論(MMT)を実践しているように映ります。

その問題点を改めて整理します。


政府・日銀はMMTを実践しているのか~政局混迷の先にあるリス...の画像はこちら >>

※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の愛宕伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 政府・日銀はMMTを実践しているのか~政局混迷の先にあるリスク~ 」


政局混迷による株価下落とイールドカーブのスティープ化

 私が「日本政治の四分五裂、無節操な財政拡張が債券自警団を呼び覚ますか」というレポートを書いたのが、今年の参院選(7月20日)で自公連立与党が過半数割れとなった直後の7月23日です。それから約3カ月、政局はますます混迷の度を深めています。


2025年7月23日: 日本政治の四分五裂、無節操な財政拡張が債券自警団を呼び覚ますか(愛宕伸康)


 9月7日に石破茂首相が辞意を表明。その後、小泉進次郎氏が有利とみられていた10月4日の自民党総裁選で高市早苗氏が勝利し、10日には公明党の斉藤鉄夫代表が、「いったん白紙にして、これまでの関係に区切りをつける」と連立政権からの離脱を発表しました。


 こうした「一寸先は闇」を地で行く政局に、市場は右往左往しています。日経平均株価は高市氏の自民党総裁選勝利で2,000円を大幅に超える上げを演じ、10月9日には4万8,580円(終値)の史上最高値を付けましたが、自公連立解消と久方ぶりのトランプ砲(注)で14日は4万6,847円へ1,241円の急落となりました。


(注)日本時間の10日深夜、トランプ米大統領が自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」で、中国が9日に発表したレアアース(希土類)の輸出規制を「極めて敵対的」と批判し、さらに「対中関税を100%上乗せする」と投稿し、米株価が急落しました。


 一方、債券市場では、インフレリスクや日本銀行の積極的な情報発信に伴う利上げ観測の高まりから長期金利がじりじりと上昇する中、10月4日の高市氏勝利を受けて、イールドカーブ(利回り曲線)が一気にスティープ(急勾配)化しています(図表1)。


<図表1 日本のイールドカーブの変化>


政府・日銀はMMTを実践しているのか~政局混迷の先にあるリスク~(愛宕伸康)
注:bp(ベーシス・ポイント)とは金利を表す単位で、1bp=0.01%。出所:Bloomberg、楽天証券経済研究所作成

 図表1は、前出のレポートを配信した7月23日から高市氏が自民党総裁選で勝利する前の10月3日までの期間と、10月3日から直近14日までの期間の日本のイールドカーブの変化幅を見たものです。


 グラフから明らかなように、7月23日から10月3日までの変化幅は、10年以下の年限の利回りを中心に上昇しました。一方、10月3日から14日までの期間は、短い年限の利回りが低下し、長い年限、特に超長期の利回りが上昇していることが分かります。


 このように、高市氏勝利後のイールドカーブのスティープ化は、短い年限では日銀の利上げ観測の後退を、長い年限では財政リスクや政局混迷といった不確実性の高まりをそれぞれ反映しており、政局の混迷が長引けば、イールドカーブのスティープ化がさらに進む可能性があります。


為替はさらなる円安を覚悟?~日銀利上げへのメド、1ドル=155円~

 ドル/円相場は、高市氏勝利後に円安方向に大きく振れ、10月10日には1ドル=153.07円と、約8カ月ぶりの円安水準となりました(図表2)。その後、14日には一時1ドル=151円台に戻しましたが、15日の午前0時現在、1ドル=152円前後で推移しています。


<図表2 ドル/円相場の推移>


政府・日銀はMMTを実践しているのか~政局混迷の先にあるリスク~(愛宕伸康)
出所:Bloomberg、楽天証券経済研究所作成

 なお、あくまで筆者の印象ですが、14日に日経平均株価が1,000円以上の急落となった割に円高への戻りがそれほどでもなく、円安のモメンタムが強まっているように感じられます。図表2からは、大ざっぱに日銀が意識している為替水準として1ドル=155円がイメージされる中で、それを意識させる領域に入りつつあるとみています。


 しかしながら、「政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない」と規定する日銀法第4条を踏まえれば、まだ発足していない新政権と10月の金融政策決定会合(10月29~30日)までに「十分な意思疎通」を図るのは至難の業といえます。


 従って、10月利上げは見送りとなる公算が大きくなったとみざるを得ませんが、そうなると次回利上げは早くて12月の金融政策決定会合(18~19日)、それまでかなりの間が開くことになります。その間、もし政局が混迷し、政党間の連携を模索する中で財政拡張路線が一層強まるようなことになれば、相当程度円安が進むことを覚悟しておかなければなりません。


政府・日銀はMMT(現代貨幣理論)を実践している?~その理論と問題点~

 いずれにせよ、20日以降に召集される臨時国会で首相指名選挙が実施され、新しい首相が決まります。市場では、どちらかというと結局は自民党の高市総裁が指名されるとの見方が多いようですが、そうなったとしても、あるいは野党の統一候補が指名されたとしても、財政拡張路線が強まることは避けられない情勢です。


 少し話は飛躍しますが、日本銀行が実質金利の大幅マイナスという緩和的な環境を維持する下で、巨額の政府債務を抱えながらさらに財政を吹かすというわが国の姿は、以前よく耳にした現代貨幣理論(MMT)を実践しているかのように筆者の目には映ります。


 現在の長期金利の上昇とインフレの上振れリスクの高まりをMMTの結果と捉えるなら、それを推し進めればますます長期金利は上昇し、インフレは高まることになります。


 MMTの論者からは、「自国通貨を発行する国では、どんなに財政赤字が膨らんでも破綻しない」、「財政支出はインフレが起きない限り問題ない」「インフレが起きれば増税すれば良い」といった主張が聞かれます。


 著名なMMTの主唱者である米ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授に至っては、日銀がイールドカーブ・コントロール(YCC)を行っていたころの日本を、MMTの成功事例だと主張していました。


 MMTは貨幣理論であると言われるとおり、貨幣から出発する理論です。具体的には、物々交換から派生して「交換」「価値尺度」「価値の保存」という機能を持つ貨幣が生まれたと考える「商品貨幣論」ではなく、負債が生じることによって貨幣が生まれると考える「信用貨幣論」の立場をとります。


 分かりやすく言えば、銀行が貸出を実行するという行為は、借り手の口座に貸出額を記入することであり、そこに貨幣が生まれるという考え方です。


 実は、この点に関していえば、筆者にとって全く違和感がありません。つまり、借り手がいなければ信用創造はできないわけで、もっと言うと、中央銀行がマネタリーベースを増やしたところで、資金需要がなければ貸出は増えず、従ってマネーストックも増えないということを意味します。


 実際、2000年代前半の量的緩和も、2013年4月からの異次元緩和も、それによってマネーストックが大きく増えることはありませんでした。


 では、MMTのどこに問題があるのでしょうか。端的に言えば、価格(金利)の形成理論がないことです。確かに、MMT論者が主張するとおり、政府が国債を発行すると、銀行がそれを購入するわけですが、政府は国債発行で得た資金を預金に付け替えることになるため、銀行システム内で資金がぐるぐる回るだけで、国債発行に制約はないということになります。


 実際、日本はそうなっているように見えますから、ケルトン教授が成功事例と見るのも無理はありません。


 しかし、資金が付け替わるだけだからといって長期金利が上昇しないかというと、そうではありません。


 MMTの生みの親の一人として知られるウォーレン・モズラー氏は、「どの年限の国債にも限られた数の買い手しかいない」「誰かがそれを買いたいと思う水準まで金利は上昇する」と、金利が上昇することを認めています。投資家はもうかるかどうかやリスクなどを勘案して購入を決めるのであり、そこには価格(金利)決定メカニズムが存在します。


 自国通貨建てで国債を発行する国では、自国通貨をいくらでも発行できるため、債務不履行(デフォルト)は起きません。これも理屈としては当然です。


 ただし、価格決定メカニズムがない以上、「長期金利が上昇してクラウディング・アウトが発生」「長期金利の高騰や株価暴落が起きて金融危機に発展」「インフレが高騰し庶民の生活が脅かされる」といった可能性をMMTは否定することができません。ちなみに、現代では、金融危機やハイパーインフレはデフォルトと同一視されるのが普通です。


    さらに、MMTは、通貨がなぜ通貨たり得ているかに関して、政府や中央銀行への信用ではなく、法定通貨として納税手段に使用できること、つまり国家権力が貨幣の価値を保証すると捉えています。


 しかし、通貨が通貨たり得る最大の要因は、政府や中央銀行への信用ではないでしょうか。MMT論者が言うように、「インフレが起きれば増税すれば良い」と安易に考えるような政府であってほしくないですし、インフレが起きたからといって簡単に増税できるものでもありません。


 このように、MMTは財政拡張に伴う長期金利の上昇やインフレの上振れを否定することができず、また、有効な処方箋を提供できるわけでもありません。

長期金利の上昇やインフレの上振れが顕在化する前に、財政拡張ペースを抑制することが必要だという至極当然の結論から我々は逃れることはできないということを、改めて確認しておきたいと思います。


(愛宕 伸康)

編集部おすすめ