原油先物相場が2022年のウクライナ紛争時に迫る水準まで急騰し、9日の東京市場で株価が暴落しました。原油価格急騰は交易条件を悪化させ、景気や物価に下押し圧力となります。
9日は原油相場急騰で東京市場はトリプル安に
米ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)で日本時間の9日、国際原油指標のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)先物価格が一時1バレル120ドルに迫る急騰を見せ(図表1)、日経平均株価が過去3番目の下げ幅(2,892円)を記録しました。
<図表1 原油先物相場>
9日の東京市場では国債も売られ、新発10年物国債利回りは6ベーシスポイント(1ベーシスポイントは0.01%)を超える上昇となったほか、ドル円相場も一時1ドル158円台後半まで円安が進み、株、債券、通貨が売られるトリプル安の状況となりました。
その後、トランプ米大統領がCBSニュースのインタビューで、「戦争はほぼ完全に終わったと思う」と答えたと伝わり、WTIが急落。9日のニューヨーク市場では、朝方800ドル以上下げていたニューヨークダウも、結局239ドル(0.5%)高で引けています。WTIは日本時間10日午後1時現在、90ドル近辺で推移しています。
トランプ大統領の停戦を示唆する発言によって、市場はひとまず落ち着きを取り戻したように見えますが、紛争終結やホルムズ海峡封鎖を巡る不確実性は引き続き高く、予断を許すべきでないとみています。以下では、原油相場が高騰すると日本経済にどのような影響が出るのか、過去の経験を振り返りながら整理します。
原油価格の急騰は交易条件を悪化させ、景気を下振れさせてきた
原油価格の急騰は、短期的には物価押し下げ要因として働きますが、そうした直接的な影響は次第に剥落していきます。一方、原油輸入国であるわが国経済にとって、原油価格の急騰は交易条件の悪化(実質購買力の低下)というマイナス効果を発生させ、やや長い目でみれば、幅広い分野で物価を押し下げる方向に作用します。
実はこれ、2015年4月に日本銀行が公表した「展望レポート」(「経済・物価情勢の展望(2015年4月)」)のBOX1「原油安の経済・物価への影響」に書かれている冒頭5行を(図表2)、原油価格の「下落」を「上昇」に置き換えて書き直したものです。当時はチャイナショックなどで原油相場が急落し、展望レポートはその影響について分析していました。
今は当時とは真逆の状況であり、「下落」を「上昇」に置き換えれば、原油価格の急騰が日本の経済・物価に与える影響についての説明になります。
<図表2 2015年4月「展望レポート」のBOX1「原油安の経済・物価への影響」>
実際、原油相場と交易条件を比較してみると(図表3)、問えば原油相場が急騰した第一次オイルショック(1973年、図中(1))、第二次オイルショック(1979年、図中(2))、新興国ブーム(2008年、図中(3))では、いずれも交易条件が大幅に悪化し、その後日本経済は景気後退に陥っていることが確認できます。
<図表3 原油相場と交易条件>
原油価格の急騰は交易条件を悪化させ、物価を下振れさせてきた
物価に与える影響はどうでしょうか。前述したとおり、日銀の2015年の分析では、原油価格の急騰は交易条件の悪化(実質購買力の低下)というマイナス効果を発生させ、やや長い目でみれば、幅広い分野で物価を押し下げる方向に作用することになります。
物価指標の一つ、GDPデフレーターが交易条件の悪化によって抑制されることについては、このレポートでも幾度となく説明してきました。
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図表4は、1970年から1984年までのGDPデフレーターの前年比を、内需デフレーターと交易条件に寄与度分解したものですが、これを見ると、第一次オイルショック(図中(1))、第二次オイルショック(図中(2))では、交易条件が悪化しマイナス寄与になっています。
<図表4 1970年代のGDPデフレーター前年比の寄与度分解>
しかし、いずれも内需デフレーターのプラス寄与が大きく、GDPデフレーターの伸びがマイナスになることはありませんでした。消費者物価(生鮮食品を除く)の前年比も掲載しましたが、GDPデフレーターと同様、マイナスにはなっていません。
では、新興国ブームの2008年にかけてはどうだったでしょうか。図表5に示したとおり、原油相場の急騰によって交易条件が大幅に悪化し、GDPデフレーターの足を引っ張った一方で、消費者物価はガソリン価格などの高騰などから前年比2%を超える強さとなりました。
<図表5 2000年代のGDPデフレーター前年比の寄与度分解>
しかし、交易条件の大幅悪化が企業収益に悪影響を及ぼしたほか、リーマンショック(2008年9月)という大きな外的ショックも加わり、その後はGDPデフレーター、消費者物価とも大幅に下落しました。
もし、2022年並みの交易条件悪化が生じたら、日銀は利上げを待つべき?
以上を踏まえた上で、今後、交易条件が大幅に悪化した場合どうなるか、簡単な試算とともに考えてみましょう。
図表1で見たとおり、3月9日に原油相場がウクライナ戦争で急騰した2022年とほぼ変わらない水準まで一時的に上昇しました。そこで以下では、その2022年当時と同じくらい交易条件が悪化した場合、GDPデフレーターがどうなるか、簡単に試算してみました(図表6)。
<図表6 2022年並みに交易条件が悪化した場合のGDPデフレーター>
図表6では、内需デフレーターの先行きを寄与度3%で横這いとし、交易条件の悪化は2022年の寄与度と同じとしています。この前提で試算すると、GDPデフレーターの前年比は急速に縮小して行き、やがてマイナスになるとの結果になります。
仮にそうなったとしても、雇用環境がタイトで名目賃金がしっかりとした上昇を続ける限り、過去2回のオイルショックのときのように景気後退に陥ることはないとみています。ただ、それでも2015年4月の展望レポートが示唆するように、需給ギャップが悪化し消費者物価が下振れれば、「物価安定の目標」2%の実現が遠のくことになりかねません。
以上を踏まえると、リスクマネージメント・アプローチの観点からは、イラン紛争を巡る不確実性がある程度解消し、原油相場の高騰リスクが低下するまで、日銀は利上げを待つのが適切だとのインプリケーションが導かれることになります。
この辺の見方については、3月19日に行われる金融政策決定会合後の記者会見で、植田総裁からどんなコメントが出るか待つことにしましょう。
(愛宕 伸康)

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