アメリカからUAEへの、F-35戦闘機輸出計画が動き出しました。中東のパワーバランスなどに影響するものと見られますが、何より慌てているのがロシアのミグ(MiG)かもしれません。
アメリカ連邦議会下院のエリオット・エンゲル外交委員長は2020年10月29日(木)、トランプ政権が連邦議会に対して非公式に、UAE(アラブ首長国連邦)へのF-35売却計画について通知していたことを明らかにしました。
スウェーデン空軍博物館に展示されているMiG-15。戦闘機の歴史を語るうえで「ミグ」の名は外せない(竹内 修撮影)。
UAEやバーレーンなどの湾岸産油国は、これまでも何度かアメリカに対してF-35の購入を打診してきましたが、F-35の開発に情報保全パートナーとして参加しているイスラエルの強い反対によって実現してきませんでした。
しかし2020年8月13日に、UAEとイスラエルが国交正常化に合意したことでこの状況は一変しました。イスラエルは、国交正常化を発表した時点ではF-35のUAEに対する輸出に難色を示していましたが、10月23日(金)にこれを覆し、輸出に反対しないとの声明を発表しています。アメリカ連邦議会が承認すれば、UAEは湾岸産油国として初めて、F-35を導入することとなります。
UAEへのF-35売却に関して、一部のメディアは中東の軍事バランスを崩すのではないかとの懸念を示していますが、軍事バランスの崩壊とはまったく違うところで懸念を抱いているのではないかと思われる企業があります。その企業はロシアの名門戦闘機メーカーである「ロシアン・エアクラフト・コーポレーション・ミグ」(以下「ミグ」と表記)です。
一時代を築いたはずの「ミグ」ブランド どうしてこうなった?現在のミグ社の前身であるミグ設計局は、旧ソ連時代の1939(昭和14)年に設立されました。

1万機以上が製造されたMiG-21。写真はベトナム軍事歴史博物館に展示されているベトナム空軍の退役機(竹内 修撮影)。
しかしソ連が崩壊した1991(平成3)年を境に、ミグ設計局の栄光は失われていきます。1991年12月25日のソ連崩壊後からさかのぼること約1年前の、同年1月17日に開戦した湾岸戦争で、イラク空軍のMiG-29は多国籍軍の戦闘機に対抗できず、5機を撃墜されてしまいます。
イラク空軍のMiG-29は、旧ソ連軍が運用していたMiG-29よりも意図的に性能を落とした輸出仕様機であり、また多国籍軍の戦闘機はAWACS(早期警戒管制機)の支援を受けているというハンデも存在していたのですが、湾岸戦争での惨敗によりMiG-29の輸出市場での評価は急落してしまいました
さらに、機体規模が近いアメリカ製F-16は着実に能力を向上し、またユーロファイター・タイフーンをはじめとするMiG-29よりも後に開発された戦闘機が市場に投入されていきます。加えて1996(平成8)年に民営化された、ミグ設計局を含む設計局と航空機製造工場を傘下におさめたユナイテッド・エアクラフトが、MiG-29よりも市場での評価が高く、価格も高い「フランカー」シリーズの輸出に力を入れたこともあって、MiG-29は他国と自国のライバルに、輸出市場で大きく水を開けられていました。
UAEがF-35を買うとミグがピンチになる理由ミグはこの状況を打開すべく、MiG-29の能力向上型MiG-35を開発しています。2020年11月の時点で採用したのはロシア航空宇宙軍とエジプト空軍のみですが、ロシア航空宇宙軍の採用は苦戦が続くロシアン・エアクラフト・コーポレーション・ミグへの救済策という色彩が強く、エジプト空軍は正式発注していないとの報道もあります。

2020年8月にモスクワで開催された防衛イベント「ARMY2020」でデモフライトを行なったMiG-35(画像:ユナイテッド・エアクラフト・コーポレーション)。
ユナイテッド・エアクラフトは2020年2月7日に、「フランカー」シリーズなどを製造しているスホーイとミグを統合していますが、この統合は事実上スホーイによるミグの吸収合併であり、このままミグが輸出の見込める有力な商品を開発できなければ、「ミグ」というブランドが消滅してしまう可能性すら無いとは言えません。
ロシアは2017年2月、UAEの首都アブダビで開催された防衛装備展示会「IDEX」の会場で、UAEと高いステルス性能を持つ軽量級の第5世代戦闘機を共同開発することで合意しており、戦闘機の開発にはミグが主体的な役割を果たすと目されていました。
アメリカ連邦議会がUAEへのF-35の輸出を承認するかは不透明ですが、同国がF-35を導入した場合、最も大きな脅威を感じるであろうイランよりもミグの方が、より強く連邦議会が承認しないことを望んでいる……のかもしれません。