JALが展開するLCC「ZIPAIR」のデザインは、ある意味かつて航空業界を席捲したデザインと共通するものがあります。機首から尾部にかけて窓枠に一直線に伸びる「チートラン」の紆余曲折はどのようなものがあったのでしょうか。

現在では珍しい?「チートライン」採用のZIPAIR

 JAL(日本航空)が展開する中長距離LCC(格安航空会社)、「ZIPAIR」に乗った人はいるでしょうか。少なくとも機体を見たことがある方は、徐々に増えてきたのではないでしょうか。

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離陸するZIPAIR機(2020年、乗りものニュース編集部撮影)。

 同社は新型コロナウイルスの影響で、就航開始から「旅客機を用いた貨物便」という数奇なデビューを飾りました。そののち、やっと本業の国際線旅客便の運航を開始しました。この機体のデザインは、ホワイトボディにグリーンの塗装が窓枠に沿って機首から機体尾部まで貫いており、ある意味、目立つカラーになっています。

 報道発表でZIPAIRはそのカラーリングについて、「グリーンは『Trust Green(トラスト・グリーン)』と名付け、“安全運航・定時運航などの高品質なオペレーション”を示している」といっており、高級感を狙ったもののようですが、ある程度航空業界の歴史を知っている人であれば、同社のカラーリングは、ある意味で「懐かしい」と感じるかもしれません。

 というのも、かつて「新東京国際空港」と称されていた成田空港、開港してからしばらくは滑走路が1本しかなく、第1ターミナルは、午後になると、「ジャンボジェット」ことボーイング747がぐるりと4つの駐機場を覆いつくしていました。これは「成田の風物詩」ともいえる光景のひとつでした。

そのとき乗り入れているエアラインのカラーリングを見ると、かつてあった「パンナム(パンアメリカン航空)」の「ジャンボ」を始めとする多くの機体のデザインに、現在のZIPAIRのような帯があしわられていたのです。

 この「機首から尾部にかけて窓枠にそって一本の線を引くデザイン」は「チートライン(Cheat Line)」と呼ばれ、実は旅客機の塗装のトレンドにおいて、一時代を築いたものでした。一方でこの「チートライン」、現在では採用している航空会社は少なく、むしろ珍しいものとなっています。

どのような経緯があったのでしょうか。

「むき出し」塗装から「チートライン」が採用されるまで

 そもそも、旅客機における塗装やデザインの歴史は、塗料や機体材料の進歩と連動しているといえるでしょう。飛行機は、とにかく軽く作ることがベストです。胴体や翼など、必要がなければ、むしろ金属地がむき出しのまま(今は地・複合材の場合が多くなってきていますが)にする方が、軽量化につながります。

 かつて、第2次世界大戦前の旅客機、たとえばダグラス(現、ボーイング)DC-3のデザインは、ベアメタルと呼ばれ、地肌となる「金属」がそのままのむき出しで、エアラインごとに、会社名や胴体のアクセントラインが何本か描かれているデザインが一般的でした。

ZIPAIRは王者「パンナム」の再来!? かつて主流のデザイン「チートライン」の紆余曲折

ダグラス DC-3型機(2017年5月、恵 知仁撮影)。

 その後もしばらく旅客機は、いわゆる「プロペラ機」の時代が続くのですが、そのなかで一定の高度までは、高ければ高いほど燃料の消費量が少なくて済むことから、運航の効率を上げるために、より高々度を飛行する必要が生じます。このことから、日光の輻射熱を下げるために胴体上面をホワイトに塗る機体が増えるようになりました。

ちょうどそのころ、航空機の塗装デザインとして、先述の「チートライン」の塗装が徐々に流行します。チートラインの意味は、「チート ジ アイ(cheat the eye)」の線(ライン)という意味で、機体の流線型的なデザインを強調する意図があったそう。当時隆盛を誇っていたパンナムやユナイテッド航空など、多くのエアラインが、この「チートライン」塗装を採用しました。

 ジェット旅客機が徐々に主流となり、「より高く、より早く、より大きく」という時代に入ると、1960年代のデザインは、胴体上半部をホワイトとしながら、各社それぞれのカラーの「チートライン」をまとうデザインが多数に。

ちょうどそれが、前述の成田空港開港の時代です。

「チートライン」が減る一方で増えてきたトレンドとは

 ただ、1980年代くらいから、塗料の軽量化など進歩を遂げたことや、整備性が向上したことなどから、機体全体を塗装する、といったトレンドが生まれます。従前どおりホワイトをベースにしながらも、各社それぞれのデザインを施したものが増えていく一方で、「チートライン」の全盛期が徐々に過ぎていったのもこの頃です。

 筆者(種山雅夫、元航空科学博物館展示部長 学芸員)は、個人的にはパンナムのビルボードデザインには郷愁があり、次々と国際路線をユナイテッド航空などに売り払い、頼みの南米線をこの塗装でエアバスA310を用いて飛ばしていたことを思い出し、なんとももの悲しくなってしまいました。

ZIPAIRは王者「パンナム」の再来!? かつて主流のデザイン「チートライン」の紆余曲折

パンナムのボーイング747型機。(画像:clipperarctic[CC BY-SA〈https://bit.ly/2TugrZ0〉])。

 その後、ホワイト以外の塗料も進歩したため、ほかの色合いも機体塗装に使用できるようになり、機体全体を赤や青に塗装するエアラインまで登場します。

 そのような変遷のなか生まれたのが、世界中でも特別塗装機の走りともいえるANAの「マリンジャンボ」です。1993(平成5)年にデビューしたこの全塗装の特別デザイン機は、企業イメージにも大きく関わっていたことから、少しでも汚れや欠損があると羽田で頻繁に塗装の補修を実施しており、整備が大変だったと聞いたことがあります。

 ちなみに「マリンジャンボ」が導入されて以降は、「デカール」と呼ばれるシールタイプの塗装技術が進歩し、貼り直しが効き、剥がすのも簡単、さらに写真も印刷できるといった理由などから広く機体デザインに採用されていきます。これも近年の機体デザインの多様化に貢献しています。

 デザインが多様化するなかZIPAIRが導入した「チートライン」。

1周回っていつの日かまたトレンドになったりする日も来るのかもしれません。

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