旅客機が着陸するルートは、同じ空港であっても、複数のパターンが存在するのが一般的です。国内空港のなかで、パイロットにとって“腕の見せ所”となるような着陸進入ルートはあるのでしょうか。
旅客機が目的地の空港に着陸する際に飛ぶルートは、あらかじめおおかた決まっているのが一般的です。とはいえこのルートは、同じ空港であっても、滑走路や風向き、天候などによって複数のパターンが存在するのが大多数といえるでしょう。
航空会社のプロのパイロットは、どのようなルートでも安全に着陸する腕をもっていますが、なかには、着陸の際にとくに高いスキルが求められる空港も存在します。国内で、そのような“腕の見せ所”となるような着陸進入が発生する空港はどこなのでしょうか。ANA(全日空)のパイロットに聞きました。
ANAのボーイング787型機(2020年、乗りものニュース編集部撮影)。
同氏によると、日本最大の空港である羽田空港に「珍しい進入方式で、スキルが求められる」着陸進入が存在するとのこと。「VOR-A(ブイオーアール・アルファ)アプローチ」と呼ばれるもので、4本ある同空港の滑走路のうち、第2ターミナルの前にあるC滑走路に北側(16L)から着陸する際にとられる進入経路のひとつです。
この「VOR-A」は23時から翌朝6時までの「深夜時間帯」に南寄りの風が吹いており、しかもD滑走路が定期点検で閉鎖となっている日にしか実施されないと話します。
「羽田空港ではほぼ毎日、深夜時間帯は4本のうち2本の滑走路が点検のため閉鎖されています。深夜時間帯の羽田空港の着陸滑走路の基本は、北寄りの風であれば34R(C滑走路南側)、南寄りの風であれば23(D滑走路北東側)です。
そして、現在D滑走路が夜間に点検のため閉鎖されるのは基本的に週1日のみといいます。つまりVOR-Aは、「南風が吹く、便数の少ない真夜中、そのなかでもさらに週1程度」しか発生しない珍しいケースの着陸進入、となるのです。
「VOR-A」の着陸はどこがポイント?羽田空港で実施される珍しい着陸進入「VOR-A」はJR蘇我駅(千葉市)から西の東京湾沖合へ12~13kmあたりの「DARKS」というポイントから始まり、東京湾上空を西に向かって羽田空港に近づいていく飛行コースです。進入のポイントは、「滑走路が見えた後にいかに着陸に向けて旋回していくか」だそうです。
「一般的な飛び方としては、西に向かって空港に近づいたのちに右へ60度ほど旋回し『ダウンウィンド』と呼ばれるC滑走路と並行に飛ぶルートに入ります。そののちお台場の南側あたりで180度旋回して滑走路16Lに正対し、着陸することになります」(ANAのパイロット)

羽田空港の滑走路配置(画像:国土地理院)。
このダウンウィンド以降の飛び方は「場周経路と呼ばれて訓練で基本となる飛び方」とのことから、パイロットにとっては慣れた飛び方といえそうですが、いわゆる“腕の見せ所”となるのは、その前の段階とのこと。
「このダウンウィンドに入る部分では空域が限られていて、ダウンウィンドへのエントリーが計画していた位置とズレてしまうと、その後に飛行コースを修正する空間の余裕がありません。すると、その後の場周経路の飛び方がしっかりとできなくなるので、その意味で技術が必要です。この飛び方は、DME(地上から距離情報を出している施設)の数字がいくつになったら旋回開始するのか、ダウンウィンドで正面にどの地上物標が見えれば適正な位置なのか、などの事前計算や準備が重要となってきます」(ANAのパイロット)
なお、D滑走路が供用開始される2010(平成22)年まで羽田空港では、VOR-C(ブイオーアール・チャーリー)アプローチという進入方式で16Lへの着陸というのがありました。お台場の南側にある埋立地に向かって北西向きで近づき、最後は城南島付近を左旋回しながら16Lに着陸する方法で、これは「羽田カーブ」とも呼ばれる名物でした。
ANAのパイロットによると「羽田カーブ」と先述のVOR-Aは「最後の1~2分間は同じような経路を飛んで着陸する」という共通点があるといいます。
ANAのパイロットによると、東京にもうひとつ、パイロットの職人ワザが求められる空港が存在するとのこと。伊豆諸島の八丈島にある八丈島空港です。
「八丈島空港は山と山に挟まれた場所にあり、標高700~800mの山が滑走路の南北それぞれわずか3km前後のところにそびえています。そのため、地形の影響で風が非常に複雑な流れで吹いており、風速は弱くても気流が安定しない空港です」(ANAのパイロット)

八丈島空港(画像:写真AC)。
このため、滑走路長2000mとあまり規模の大きくない空港ながら、風の観測機器を多めに配備しパイロットの操縦サポートを実施しているほか、ANA独自で、36方位すべての風向きに対し、離着陸が可能な風速の制限値を細かく設定し、安全性を確保しているそうです。
また、上空だけではなく、滑走路にもポイントがあるとも。
「八丈島空港の滑走路は、中央付近をピークにして両滑走路端に向かって0.4度(約0.7%)の下り勾配となっています。つまり着陸時、上り勾配に接地することになり、接地操作の技術が求められます。旅客機の場合、3.0度の降下角で着陸進入することが一般的なので、0.4度の上り勾配に着陸するには、実質的に3.4度の勾配から着陸するのと同じようなイメージになります。また、滑走路中央を越えると下り勾配となることから、着陸滑走中の減速、停止のための的確な操作もポイントです」(ANAのパイロット)
このほか、同空港は南海上に低気圧や前線がある場合に悪天候となることが多いことから、その場合にはとくに高いテクニックが要求されるそうです。
なおANAでは、機長として八丈島空港発着便を運航するには、実地審査(実際の八丈島空港発着便での審査)に合格することを必須としているほか、同空港では離着陸時の操縦は機長のみとするなど、プロのパイロットのなかでも選ばれた人のみが着陸できる“職人ワザ”空港のひとつとなっています。
※一部修正しました(2月26日10時09分)。