病気の患者などを搬送するため、自衛隊が「災害派遣」として出動することがあり、そしてそれは大抵の場合、患者を搬送する最後の手段です。空自美保基地にて、C-2輸送機を使用した新型コロナウイルス患者搬送訓練の様子を取材しました。

輸送機もしているスクランブル待機

「スクランブル」とは、狭義では「国籍不明機が領空侵犯する恐れがある場合、戦闘機を緊急発進させて状況確認などの対領空侵犯措置を実施すること」ですが、広義では、輸送機が緊急輸送任務で出動することも含まれます。なかでも最も頻繁に行われているのが、災害派遣任務の急患輸送です。

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隠岐の島からの新型コロナウイルス患者搬送訓練に参加した、航空自衛隊第3輸送航空隊のC-2輸送機211号機(2021年3月15日、月刊PANZER編集部撮影)。

 自衛隊の主たる任務は「外国の侵略からの国土防衛」であり、「災害派遣」は自衛隊法第3条第2項に規定された、主たる任務に支障ない範囲で行われる、本来任務のなかの従たる任務にあたります。

 また災害派遣は、公共性(公共の秩序を維持するため、人命または財産を社会的に保護する必要があること)、緊急性(さし迫った必要性があること)、非代替性(自衛隊の部隊が派遣される以外に適切な手段がないこと)の3要件が揃って、初めて実施の判断が行われます。間違っても「国際救助隊」「何でもお助け隊」のような機関ではないことを最初に明記しておきます。

 災害派遣される航空機といえばヘリコプターがよく見られますが、前述したように、大型輸送機もスクランブル待機をしています。今年(2021年)3月15日、島根県健康福祉部薬事衛生課の主催で、隠岐地区からの救急患者搬送訓練が実施されました。航空自衛隊美保基地第3輸送航空隊の最新国産輸送機C-2を使った、新型コロナウイルス感染症患者の搬送です。

ドクターヘリも防災ヘリも飛べないなかの「出番」

 島根県隠岐の島は、本土の鳥取県境港市まで直線距離で約80km弱あり、高速船で松江市七瀬から沖の島町西郷まで1時間9分。空路定期便なら出雲空港から隠岐空港まで約30分かかります。C-2輸送機なら、境港市にある美保基地を離陸して約20分で隠岐空港に着陸できます。

 美保基地のC-2による急患輸送は、2018年3月から2021年3月までに16回、実施されています。隠岐の島からの急患輸送は2021年3月18日現在の実績で、2019年度3回、2020年度9回となっています。その年の天候状況によって、出動要請回数にはバラツキが出るそうです。

輸送機にもあるスクランブル 空自C-2輸送機の新型コロナウイルス患者搬送訓練に密着

隠岐空港にて。隠岐地区から患者が搬送され、機内から機材を持って患者を受け入れるため救急車へ向かう(2021年3月15日、月刊PANZER編集部撮影)。

「こんにちは。
初めまして。突然のお手紙を失礼致します。
私は昨年、隠岐より美保基地へ緊急でC2輸送していただきました救急患者の母親です。
あの日の夕方、私の息子は仕事中、事故にあい、本土に輸送するという事になりました。
ですが、天候が悪く、ドクターヘリも防災ヘリも飛べず、最終的に美保基地の皆様方のお力をお借りすることとなりました。
命に別状はないとはいえ、当日中の搬送がカギになるという事でしたが、刻々と過ぎる時間と次々と絶たれる手段に不安と焦りと離島医療への危機感を感じていました。

(中略)
深夜にも関わらず、要請してから最も早く対応していただきました。
空港で暗闇の中、見えた明かりは忘れることができません。クルーの皆様の対応に心が救われました。
とても貴重な体験に、痛みで顔が歪んでいた息子も、不安でいっぱいだった私も安心した事もあり、不謹慎にも笑みがこぼれました(後略。航空自衛隊 美保基地『ほのぼのお便りコーナー』より抜粋)」

輸送機にもあるスクランブル 空自C-2輸送機の新型コロナウイルス患者搬送訓練に密着

飛行中に患者のバイタルチェックをする医療関係者。担架固定架台下段に患者ダミー人形を収容する陰圧カプセル、上段に各種機材(2021年3月15日、月刊PANZER編集部撮影)。

 こうしたなか、自衛隊にも新型コロナウイルス感染症患者の搬送要請が舞い込むようになります。自衛隊全体では、同感染症患者を2020年4月から2021年2月までに17回79名、空輸しています。

装備は特別でも普段どおりに…C-2輸送機での新型コロナ患者搬送訓練

 島根県や隠岐地区は感染者数が少ないこともあり、これまでC-2の出番はありませんでした。それだけに今回の実機を使っての、医療関係者も交えた訓練を実施することは貴重な機会です。松江市消防本部、隠岐広域連合消防本部、島根県立中央病院、隠岐保健所から参加者が集まり、乗り込んだ医療関係者は慣れない輸送機内での機器類の配置や使い方を確認し写真、動画に収めていました。

輸送機にもあるスクランブル 空自C-2輸送機の新型コロナウイルス患者搬送訓練に密着

美保基地に到着、青いタイベックスーツの医療関係者と白のロードマスター(空中輸送員)で患者を救急車に移動する(2021年3月15日、月刊PANZER編集部撮影)。

 C-2機内には担架固定用架台が用意されていましたが、架台も担架も特別のものではなく、通常の患者輸送でも使われていて、常にC-2機内に収納されているものです。しかし今回は感染症患者搬送対応(訓練)ということで、患者収容器(カプセル)のほか、陰圧除菌装置、陰圧モーター、電源装置、バッテリー、バイタルモニターなどを載せた担架も別に用意されました。この重装備を見るだけでも、感染症対応の難しさが理解できます。C-2の機内は充分広く、作業性を妨げることはなかったようです。

 C-2の搭乗員もタイベックスーツ、防護マスクを着用して、万全の感染防止策を取ります。しかし基本、やる事に変わりはありません。マイクやヘッドセットもやや扱いづらいようですが、運用に支障はないようでした。新型コロナウイルス感染症といっても気にしすぎることなく、通常と同じように安全確実な運航を心がけたといいます。

輸送機にもあるスクランブル 空自C-2輸送機の新型コロナウイルス患者搬送訓練に密着

救急車への収容を見守るロードマスター(2021年3月15日、月刊PANZER編集部撮影)。

 通常、急患輸送は消防、海上保安庁などの機関の任務です。自衛隊は、それらいずれもが対応できない時の「最後の砦」といわれます。今回の訓練は好天に恵まれて順調に行われましたが、実際には悪条件下の要請が多くなります。

何が起るか分からない緊張感は、戦闘機も輸送機も変わりません。

 こうした訓練でC-2が隠岐空港に姿を見せることは、離島住民に大きな安心感となっています。戦闘機も輸送機も、「安心」という重要な任務を背負っていることに違いはありません。先に紹介した手紙に「不謹慎にも笑みがこぼれた」と書かれていますが、「最後の砦」の意味を余すことなく表現しています。

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