JR川崎駅と南武支線のあいだに連絡線を建設し、川崎~浜川崎間を直結する「川崎アプローチ線」構想が検討されています。ルート上には50年前に廃止された貨物線の跡地が今も残っていますが、課題は「用地の再取得」だけにとどまりません。
神奈川県川崎市は2021年現在も市域の開発が続き、2019年にはついに兵庫県神戸市を抜いて総人口で国内第6位の都市に浮上しました。しかし武蔵小杉駅付近や、小田急多摩線沿いといった内陸部が活気を帯びるかたわら、高度成長期を支えてきた臨海部は高齢化・人口減少に悩まされています。
この臨海部を走るJR南武線・浜川崎支線(通称・南武支線)と東海道本線および川崎駅を短絡していた貨物線(1971年廃止)の跡地を旅客線として復活させる仮称「川崎アプローチ線」構想が、川崎市によって提唱されています。まだ具体的な動きはありませんが、2016(平成28)年には国土交通省の交通政策審議会で検討され、東海道貨物支線の旅客化(品川~浜川崎~桜木町)とともに、答申で「今後整備について検討すべき路線」と位置づけされました。
JR浜川崎駅、南武支線ホーム(宮武和多哉撮影)。
現時点で南武支線から川崎駅へ鉄道で移動するには、終点の尻手駅で南武線(本線)上りの川崎行きに乗り換える必要があります。乗り換えを含めて所要時間15分から20分かかる浜川崎~川崎間が、直接の接続によって7、8分程度に短縮されるだけでなく、混雑率180%を超える南武線でかなり混み合う尻手~川崎のひと駅間を移動するために乗り換えるという、考えただけでため息が出るような手間を解消できる面が大きいのではないでしょうか。
なお南武支線の沿線から川崎駅への移動は、現状では高頻度で運転される路線バスの利用が大半を占めています。しかし、これらバスは臨海部に広がる工場街の通勤・退勤時間に合わせるため、運転手が変則労働・長い拘束時間を強いられるなどの問題を抱え、2016(平成28)年には数十年ぶりのストライキも決行されています。
一方で南武支線は、この10年で少しずつ乗客が増えており、2016(平成28)年には川崎新町~浜川崎間に小田栄(おださかえ)駅も新設されています。川崎アプローチ線によって南武支線と川崎駅が直結されれば、小田栄地区は大きなメリットを受けそうです。
もっと早く言ってくれれば…? 線路跡には高層住宅・高層ビル工場跡地が再開発された小田栄地区は、南武支線の沿線でほぼ唯一、人口が急速に増加しています。
そうしたなか、八丁畷駅の南側から川崎駅方面へ1km弱ほど続いていたかつての貨物線は、何となく線路跡だとわかる程度に敷地が残っており、一見すると川崎アプローチ線として「復活」もあり得るかと感じさせます。しかし、現地には一筋縄でも二筋縄でもいかない事情が存在しました。

川崎市日進町付近の線路跡には、すでに公共施設が建設されている(宮武和多哉撮影)。
まず、八丁畷駅南側の南武支線は高架化されているうえ、川崎アプローチ線は途中で京急本線を越える必要もあるため、全線高架しか選択肢がなさそうです。しかし、旧貨物線の用地は幅20m少々とあまり余裕がなく、かつ戸建て住宅が用地スレスレまで迫っているため、工事だけでなく日照権の問題も出てきそうです。
さらに大きな課題となるのが、立ち退きが必要となる施設の多さ。特に区間のほぼ中央にある川崎市営日進町住宅(1977年完成)は、地上13階建て・168戸と、市営住宅としては川崎区内でも最大級の規模です。その近辺も、この10年で視覚障害者情報文化センター、シルバー人材センターといった市の福祉施設が、連なるように建設されました。
そして、貨物線がつながっていた川崎駅構内の貨物側線用地は、その大部分が2019年に東海道線ホームの拡張に使われています。駅南側の「ルフロン公園」(川崎駅東口緑地、かつての貨物取扱所)を活用しようにも、その東側には地上19階建ての「NTTドコモ川崎ビル」が立ちふさがっています。
南武支線の現在の営業区間でも、小田栄駅の上下線ホームを隔てて存在する踏切の閉塞時間が駅開業後の増発により伸びているほか、周辺道路の狭さといった問題を含んでいます。仮に川崎アプローチ線の計画が動けば、これらの抜本的な対策が必要とされそうです。
ここは「貨物の大動脈」 JRが消極的なのは仕方ない?川崎アプローチ線として鉄道の復活が検討されているのは1km弱の距離ですが、濃縮されたように課題が山積しているため、距離の割に工費がかかるのも何となく頷けます。近年新たな用途に転用された土地も多く、せめて10年早く動いていれば、状況は違ったかもしれません。
もしこの構想が実現した際には、いまの南武支線を運営しているJR東日本が事業者となる可能性が大きいと思われますが、当のJR東日本は需要・設備投資の問題から、現在のところ消極的な姿勢を見せています。
まず需要の面では、現在の南武支線の旅客列車は2両編成、日中で40分に1本程度と、利用状況も臨海部の北側へアクセスする京急大師線の数分の1ほどです。乗客は増加傾向とはいえ「分母が小さい」状態のため、川崎アプローチ線でどれだけ効果があるかは未知数と言えるでしょう。
また浜川崎駅~川崎駅間を直通した場合の距離は、運賃の計算上、ほぼ初乗り程度です。アプローチ線で利用者数が増えても、運賃収入増につながらない可能性があります。

小田栄駅を通過するガソリン貨車。このあと川崎駅方で3線区間に入る(宮武和多哉撮影)。
そもそも南武支線の一部区間は東海道貨物支線との共用で、現状でも旅客列車は一部時間を除き単線でやり繰りされているため、運転本数の増加は難しい状況です。
「運賃収入はさほど増えない、増発は難しい、貨物は通しづらい」とあっては、JR東日本としても運営するメリットが少なく、かつJR貨物とも調整が必要となるでしょう。
新しい区間の建設だけでなく、南武支線そのものの改良をJRに代わり市が主導して行い、線路・設備の委託料もそれなりに優遇することが解決への早道となりますが、2021年現在の川崎市は新型コロナウィルスの影響で歳入が大幅に減少し、長年の懸案である南武線・鹿島田駅などの立体交差ですら継続が危ぶまれています。この状態が続く限りは、川崎アプローチ線の着手はまだ先になるかもしれません。