ワクチンの接種が進めば、旅行や出張などの需要は戻るのでしょうか。コロナ禍でも人気の行先があった一方で、高速バスにおいては、その「王道」ともいえる路線の需要が大きく減退、回復も遅いと見込まれます。

ワクチン接種でまず回復するのは「個人旅行」

 新型コロナウイルス感染症により、高速バス業界は大きな打撃を受けています。2021年6月現在、多くの便が運休し、輸送人員は平年の3割前後とみられます。洪水などの災害に当てはめれば、1年以上もの間、「発災中」の状態にあると言えます。

 一方、ワクチン接種が本格的に進み始めました。当面は規制や自粛と緩和を繰り返すかもしれませんが、一定の接種率を超えると感染者の数は減少すると言われています。さらに、マスメディアやSNSで有名人や身近な人の「接種完了」が伝えられると、人々の意識は変わり始めるでしょう。その時点で、政府の方針や国民の自粛感情が変化する可能性があります。

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横浜ロイヤルパークホテルに停まる富士急高速バス。横浜駅(YCAT)を経由し御殿場プレミアム・アウトレットに向かう(成定竜一撮影)。

 一般の接種は高齢者から進みます。高齢者が急に旅行を再開するかどうかはわかりませんが、仮に再開の動きが出るとすれば、漫然と「どこかに行きたい」から参加する旅行会社のツアーより先に、登山など明確な趣味を目的とした個人旅行でしょう。

 感染リスクを考え、帰省を控えていた人も多いと考えられます。

「孫が生まれたのに、まだ顔を見ていない」というような高齢者もいるはずです。若年層の帰省より先に、高齢者が、都市部に住む親族の家を訪れる機会が増えるかもしれません。

 高齢者以外の接種が進み、人流の制限が緩和されれば、旅行や帰省の需要は回復するはずです。最初に人気が出るのが、大都市から比較的近い観光地と考えられます。一時的に「Go Toトラベル」事業が行われていた2020年9月を振り返ると、旅行業界全体の取扱高が78.9%減(平年の2割)と落ち込む中、主要旅行会社で唯一、富士急トラベルだけが前年を上回ったということがありました。新宿発、渋谷発などの高速バスと富士急ハイランドのチケットというセット商品が人気を集めたのです。

 この時期、ふだんより静かな都内のバスターミナルで、富士五湖のほか、草津温泉や御殿場プレミアム・アウトレットといった近郊の観光地への路線だけに、2号車、3号車が設定されている様子が印象的でした。

回復遅れが懸念される、高速バスの「メイン路線」

 一方、回復の遅れが懸念される分野もあります。そのひとつが、典型的な高速バス路線である、片道の所要時間が3時間以下で、30分間隔などの高頻度で運行される昼行路線です。これらの路線は、もともと乗客の多くが地方側の在住者であり、コンサートや有名店でのショッピングなど、大都市でしかできない消費体験のために大都市へ向かう人や、出張、冠婚葬祭など多様な利用がなされていました。

 コロナ禍で落ち込み度合いが大きいのは、高速バスの「メインの市場」と言える、この地方側在住者の利用です。ある路線では、もともと3割ほどを占めていた大都市側の利用者数は半減だったのに対し、7割を占める地方側在住者の利用は、平年の8割も減りました。

 イベントやショッピングなどの「都市型消費」は、いわば主観的な需要です。本人が「行きたい」と感じなければ需要は生まれません。本当に好きなアーティストのコンサートなら、再開されれば多くの人が参加するでしょう。しかし、実はイベントはきっかけに過ぎず、大都市で時間を過ごすことこそが真の目的であったケースも多いでしょう。最先端のファッションや趣味のこだわりのグッズも、ウェブ通販で買えるのに、東京や大阪のお店をわざわざ訪れることに価値を感じていた人もいるはずです。

 長い自粛期間を経て、このような「何か理由を付けて都会へ出る」習慣が途絶えているのではという危惧があります。

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ラッピングも施されたジェイアールバス関東の草津温泉行き高速バス(成定竜一撮影)。

 出張の需要も同様です。この1年でオンライン会議が定着しました。筆者(成定竜一:高速バスマーケティング研究所代表)自身、バス事業者ら取引先との会議やセミナーはほぼ全てオンラインに変りました。感染収束後も、一部の会議やイベントはオンラインのまま残ることでしょう。

 もっとも、以前から「インターネットが普及すれば出張は減る」と言われ続けながら、高速バスや新幹線などの輸送人員が伸び続けていたことを考えると、必ずしも悲観的な想定ばかりではないのかもしれません。

コロナ禍の旅行業界で成功した「富士急」何がよかった?

 いずれかのタイミングで、「Go Toトラベル」は再開されるでしょう。前述のように、2020年の同事業においては富士急トラベルの商品が好調でした。振り返ると、その要因を3つ挙げることができます。

 まず、「観光または宿泊とのセット商品」という、高速バス関連では同事業の要件を満たした数少ない商品で、実質50%の還元を受けることができたこと(同事業が再開される場合、還元率が変わる可能性あり)。次に、予約システムを素早く改修し、ウェブ上で簡単に割引価格での予約、決済を可能としたことです。もちろん、旅行会社とバス事業者の間で予約情報が連携したり、現地では紙のクーポンなしでもウェブ予約の情報に基づいて入場できる体制が整っていたりすることが前提で、ふだんからのシステム投資の成果と言えます。

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草津温泉行きはコロナ禍でも続行便が出るほどの人気ぶりだった。2020年12月(成定竜一撮影)。

 そしてもう一つの要因が、告知の成功です。富士急ハイランドの公式サイト上で、「Go Toがお得」と、富士急トラベルのセット商品が大きく紹介されたのは当然として、出発地側での告知も効果的でした。富士急の高速バスの共同運行先は、京王、東急、相鉄ら大手私鉄系のバス事業者が中心です。大手私鉄にとって、沿線住民に向けた需要喚起策はお手の物です。

駅や通勤電車の車内、沿線広報誌、さらには若者が集まる渋谷駅前の大型ビジョンにまで、同商品が積極的に露出されました。

 高速バス事業者らは、そろそろ意識を変える時期が来ています。まずシニア層、その次には現役世代や若年層を対象に、大都市近郊に立地し1ヶ所滞在で完結する目的地、すなわち温泉・リゾート施設やテーマパーク、アウトレットモールなどへの直行路線の運行再開と、その積極的な告知に注力すべきだと考えられます。

厳しい現実も待っている

 一方で、厳しい現実も、一部には覚悟しないといけません。

 高速バス事業者のほとんどは、地域の路線バス事業を本業としており、小売業など付帯事業を幅広く展開しているので、決して楽な状況ではありませんが、経営の基礎体力はあります。しかし、貸切バス専業、または貸切バスと高速バス事業のみの事業者、とりわけ2000年の規制緩和以降に参入した「新免」事業者の中には、国などの支援策でなんとか生き延びている者も多くいます。雇用調整助成金や緊急融資制度といった国の支援策、また銀行やリース会社による返済猶予が終了すれば、即座に経営が行き詰まる会社が出てくるかもしれません。

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地方から東京など大都市へ向かう高速バス需要は、コロナ禍で大きく減退した(高速バスマーケティング研究所作成)。

 また、冒頭に述べたワクチン普及後の需要回復シナリオが順調に進む保証はありません。重大な副反応が起こるなどすれば、接種率が上がらない可能性があります。また、接種率が十分に上がる以前に感染が再拡大し、それによってウイルスが多様な変異を起こせば、ワクチンの効果が下がるリスクがあるとも報道されています。

 多くの人が旅行や会食を気兼ねなく楽しみ、業界が以前のようにビジネスをできる環境を早く取り戻すためには、国民一人一人が感染防止を徹底することが、もっとも早道だと筆者は考えています。

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