日本の自動車メーカーが、庶民でも手が届くレベルのスポーツカーを相次いで復活、あるいは新モデルを登場させています。かつては各メーカーがしのぎを削って開発したものですが、いまこそ必要なクルマ、といえそうです。
2021年8月18日、日産から次世代の「Z」が発表されました。2022年にアメリカで発売開始となり、日本仕様の「フェアレディZ」は、この冬に発表になるそうです。また先月、7月29日にはスバルの新型「BRZ」が発表されました。こちらも、近く兄弟車であるトヨタ「86」の正式発表もあることでしょう。
新型Zは先代モデルと大差ない400万円からの価格設定が期待されています。また、新型BRZは先代よりは上がったものの、308万円から。どちらも、いわゆる“普通の人”が買える価格帯と言えるでしょう。
新型「Z」(右)と初代「フェアレディZ」。日本での新型発表は2021年冬の予定(画像:日産)。
しかし、こうした普通の人が買える価格帯のスポーツカーは、今や、すっかり希少な存在となってしまいました。ホンダの「S660」は発売が終わってしまいましたし、トヨタの「スープラ」は499.5万円からと、普通の人が買えるかどうか、けっこう微妙な価格です。なお、1000万円オーバーの日産「GT-R」、2000万円オーバーのホンダ「NSX」については、おいそれと普通の人が買える価格帯ではありません。
つまり、現在の日本には、「フェアレディZ」「BRZ」「86」の他には、マツダの「ロードスター」、スズキの「スイフトスポーツ」「アルトワークス」、ダイハツの「コペン」くらいしか、普通の人が買える価格帯のスポーツカーが存在しないのです。これは、昭和の時代を知る筆者としては、寂しいとしか言えない状況です。
昭和の時代は、とにかくたくさんのスポーツカーが存在していました。トヨタでいえば、「カローラ」にも2ドア・クーペがありましたし、「セリカ」や「MR2」「スープラ」が人気を集めました。日産には「フェアレディZ」をはじめ、「スカイライン」のクーペ、「シルビア」と数多くのスポーツカーが販売されていました。
「カローラ」のクーペや「シルビア」は、若者向けですから、価格も抑えめで200万円以下。マツダの「RX-7(FC型)」も200万円台からという価格です。長いローンを覚悟すれば、ほとんどのクルマを若者が手に入れることができた、それが昭和という時代だったのです。ちなみに1989(平成元)年発売の「スカイラインGT-R(R32)」は高かったけれど、それでも450万円ほどでした。
身近にスポーツカーがあった時代はクルマも売れていたそのような手の届きやすい価格のスポーツカーは、当然、数多く売れました。それらが中古車になれば、さらに安くなります。最後は「タダでもいいからもらって」と、親や親戚、先輩、友人などから、いただけることもありました。
それだけスポーツカーが身近ということは、スポーツカーに乗って「クルマを操る楽しみ」を体感した人が多いことを意味します。スポーツカーは加速・減速・コーナーリングのすべてのシーンで、ドライバーの操作に対して即座に反応することが特徴です。ドライバーの思うように走ることができる。それが、いかに楽しいのかということを、スポーツカーは運転する人に教えてくれます。

セリカから独立する形で1986年に誕生した初代スープラ(画像:トヨタ)。
「好きな時に、好きな場所に行ける」「人や荷物を自由に運べる」といったクルマの利便性に、「操る楽しさ」が加わるのです。クルマが、もっと魅力的になって、もっと好きになることでしょう。また、スポーツカーは華やかなルックスも特徴です。スポーツカーがあることで、クルマ好きな人が増えたことは間違いありません。
昭和の若者の多くは、クルマが大好きであり、「若者のクルマ離れ」とは、正反対の世の中。
ちなみに、ここ最近は乗用車すべてで年間430万台程度、そのうち軽自動車が約140万台。つまり、登録車は290万台しか売れていません。30年も前の方がクルマはたくさん売れていました。
スポーツカーは「絵に描いた餅」ではダメだ!しかし、平成の「失われた数十年」の不況期に、数多く売れないスポーツカーは、どんどん消えていきました。昭和にスポーツカーを知っていた年齢層の人間は、「寂しいな」程度。でも、平成になって初めてクルマに乗るようになった若者は、スポーツカーを知るチャンスを失いました。あるのは、高額で手の届かないスポーツカーばかりで、まさに「絵にかいた餅」。しかも、食べたことのない餅です。美味しさを知りませんから、欲しいとも思わないでしょう。
ですから、クルマに興味をなくす人が増えても仕方ありません。
しかし、今からでも遅くはありません。トヨタも、それに気づいたからこそ、「86」や「スープラ」を復活させたのです。若い人に「クルマに興味のない」割合が増えたのは確かですが、いまだに「クルマが好き」という若者も存在します。そうした人たちに手の届く、安いスポーツカーを増やすべきでしょう。

新型BRZ(画像:スバル)。
それに、スポーツカーは、ブランドを高める大きな力になります。かつて、「シルビア」に乗っていた人は、やはり日産に良いイメージを持っているはずです。同じように、「セリカ」や「スープラ」で楽しい青春を送った人は、トヨタに好意を抱いているはず。クルマが進化・熟成してゆくと、技術が拮抗して、メーカー間の差が縮まります。
今でも、スポーツカーは注目の高い存在です。日産の「Z」や、スバル「BRZ」の発表では、数多くのネット記事が掲載され、数多くの人が記事を読んだはずです。自動車メーカーは、その高い関心に応じる、手の届く価格のスポーツカーを提供すべきです。これから1台でも多くのスポーツカーが登場することを願うばかりです。