法的に人道をまっとうできない場合、人はどのように振るまうのでしょうか。急変したアフガニスタン情勢を受け、日本政府が自衛隊を現地に派遣しましたが、法的には課題のある対応です。
2021年8月23日(月)、日本政府は「国家安全保障会議(NSC)」を開催し、現在アフガニスタンに取り残されている日本人や、日本大使館で働いていた現地人スタッフなどをアフガニスタンから退避させるために、航空自衛隊の輸送機3機と陸上自衛隊の部隊を派遣すると決定しました。使用される機種は、国産のC-2輸送機と、世界的ベストセラーであるC-130H輸送機で、途中複数の経由国に立ち寄りつつ、アフガニスタンの首都カブールを目指すことになります。
今回の自衛隊派遣について、とくに注目されるのはその法的な根拠についてです。そこで、ここではその国内法および国際法上の根拠について、それぞれ解説したいと思います。
航空自衛隊のC-2輸送機(画像:航空自衛隊)。
23日に行われた加藤官房長官の会見では、今回の自衛隊派遣に関する国内法上の根拠は自衛隊法第84条の4に規定されている「在外邦人等の輸送」であることが示されました。これは、外国で災害や暴動といった緊急事態が発生し治安が悪化したような場合に、外務大臣からの防衛大臣に対する依頼を通じて、自衛隊がその国にいる日本人および特定の外国人を国外に退避させるというものです。ただし、この措置を実施するに際しては、現地の治安状態が輸送を実施する航空機や車両の運行を安全に行うことができる状況にあることが前提とされています。
また、現地に派遣される自衛官には、自分自身や自分の管理の下に入った人の生命や身体を防護するため、事態に応じて必要と判断される限度において武器を使用すること(自己保存型武器使用)が認められており、現場で輸送対象者に危害が加えられそうになった場合には、武器を使用することができます。さらに、必要であれば輸送機や車両を防護するための「武器等防護のための武器の使用」(自衛隊法第95条)を行うことも排除されません。
そもそも自衛隊機は外国へ展開していいの?実は、今回の派遣に関する最大の問題として筆者(稲葉義泰:軍事ライター)が考えていたのが、自衛隊によるアフガニスタン展開の国際法上の根拠です。
原則として、一国の軍隊が他国の領空や領土に勝手に進入することは、その国の領域主権を侵害する国際法違反行為にあたります。そのため、今回のようにたとえ自国民を退避させるためであっても、他国領域への軍用機などの進入に際しては、事前にその国の同意を得る必要があるのです。
実際、これまで自衛隊では2004(平成16)年の在イラク邦人輸送を皮切りに、2013(平成25)年にはアルジェリア、2016(平成28)年にはバングラデシュおよび南スーダンにおいて、計4回の「在外邦人等の輸送」を行ってきましたが、そのいずれにおいても、現地の日本大使館を通じ、領域国などの同意を得たうえで実施されてきました。
しかし今回の場合、タリバンによる電撃的な侵攻により、アフガニスタン政府が事実上崩壊してしまったため、アフガニスタン政府に対する同意を得なければならないという要件を満たすことができない以上、自衛隊の派遣は不可能と思われていたのです、
今回の派遣についての国際法上の根拠は?この、「相手国政府の同意が必要」という点に関して、加藤官房長官は国際法の観点から次のように説明しています。
「原則としては同意が必要であるが、アフガニスタンのような例外的な状況において、人道上の観点から緊急的な措置として自国民等を輸送するものであり、仮に明確な同意が得られていないとしても国際法上の問題はない」
つまり日本政府は、今回のような例外的な状況下では、領域国からの明確な同意が得られていないとしても、自衛隊を派遣することは人道上の緊急的な措置として許容されると整理しているようです。

航空自衛隊のC-130H輸送機(画像:航空自衛隊)。
ただし、これだけでは国際法上の根拠が明確に示されたとはいえません。たしかに、自衛隊の派遣は人道上の観点から必要な措置であり、これが国連憲章で禁じられた武力行使にはあたらないとしても、同意なき自衛隊の派遣はアフガニスタンの領域主権を侵害することにはなるため、その点に関する国際法上の説明が求められます。
たとえば、自国の不可欠の利益に対する急迫した危険が生じた際に、相手国に対する深刻な侵害とならない範囲でそれを保護することが認められる「緊急避難」などに依拠することができる可能性もあるのではないか、と筆者は考えますが、これについては今後の日本政府の説明が待たれるところです。
指摘しうる問題点と今後の課題また、今回の自衛隊派遣についてはいくつかの問題点が挙げられます。たとえば「在外邦人等の陸上輸送」が想定されていないという点です。
「在外邦人等の輸送」は、基本的に航空機によって実施されることが想定されていますが、自衛隊法第84条の4第3項に基づき、車両を使用した陸上輸送を行うこともできます。
陸上輸送を行うことができない理由のひとつとして考えられるのは、輸送活動の実施に関する前提条件との抵触です。すでに説明した通り、「在外邦人等の輸送」を行う場合には、これに用いられる航空機や車両の運行に関する安全が確保されている必要があります。ここでいう「安全」というのは、航空機や車両の運行に支障をきたす状況が発生していないことを指すと解されています。
加藤官房長官によれば、輸送機の活動場所であるカブール国際空港はアメリカ軍により安全が確保されているため、自衛隊の活動に問題はないと判断されています。しかし、空港の外側に関してはアメリカ軍のコントロールが行き届いていないため、輸送に際しての安全が確保されていないのです。

2021年8月22日撮影、カブール国際空港で避難民の幼児をあやすアメリカ海兵隊の兵士(画像:アメリカ海兵隊)。
また「在外邦人等の輸送」と、より危険な状況下でも日本人などを救出することができる「在外邦人等保護措置」(自衛隊法第84条の3)は、基本的に領域国からの同意が得られていることが前提とされており、とくに後者の「在外邦人等保護措置」では、これを実施する際の要件として「領域国の同意」が自衛隊法上も明記されています。したがって、今後も同様の事態が発生した際に、もし「在外邦人等の輸送」では対応できないような緊迫した状況が生起した場合、現地にいる日本人の救出を行うことができなくなる可能性が高いのです。
そこで、今後の課題として、領域国の同意が得られなかった場合でも在外邦人などを保護することができるよう、国内法の整備を進めるとともに、国際法上の説明もあわせて整理する必要があります。
いずれにせよ、今回派遣された自衛隊の部隊が、任務を完遂して全員無事、日本に帰国されることを強く願います。