陸上自衛隊の全部隊を対象とした大規模演習「陸演」が9月15日から11月下旬の期間で行われています。この演習は1993年以来、30年ぶりに行われる大規模なものとのこと。
2021年9月15日(水)、陸上自衛隊最大の実動訓練である陸上自衛隊演習、通称「陸演」がスタートしました。演習期間は11月下旬までで、演習対象は陸上自衛隊が持つすべての部隊となっていることから、2020年3月末現在で約13万8000人いる陸上自衛官のうち、約10万人が動員される非常にスケールが大きい演習となっています。
一般道を車列を組んで走る陸上自衛隊部隊。先頭は16式機動戦闘車(武若雅哉撮影)。
このような大規模演習を陸上自衛隊が行うのは、1993(平成5)年以来、実に30年ぶりとのこと。陸上自衛隊としての任務遂行能力と、部隊運用の実効性を向上させ、陸上自衛隊が持つ抑止力や対処力を強化することが目的と説明されています。ほかにも、予備自衛官などを実際に招集し、その実効性をアピールすることも狙いのうちのひとつのようです。
まさに陸上自衛隊を挙げて取り組む大規模演習「陸演」、発表によると訓練内容は「出動準備訓練」「機動展開等訓練」「出動整備訓練」「兵站・衛生訓練」「システム通信訓練」の5つに分かれています。また「陸演」全体の支援部隊として、海上自衛隊、航空自衛隊、在日米陸軍も参加します。
では、それぞれの訓練はどのような内容なのか、筆者(矢作真弓/武若雅哉:軍事フォトライター)の個人的な推測も交えながら説明します。
サイバー戦対処も含まれるかもしれない訓練内容出動準備訓練は、有事を想定した「出動までの準備」を訓練するもので、必要となる武器や弾薬、車両などの各種装備品を駐屯地内の一角など、指定された場所に集積します。
機動展開等訓練では、たとえば海上自衛隊の輸送艦に陸自部隊を乗せてどこかへ上陸する訓練や、航空自衛隊の輸送機からパラシュート降下したり、在日米陸軍のヘリコプターを使って空中強襲(ヘリボーン)したりといったことなどが行われると考えられます。

着上陸訓練を行う“日本版海兵隊”こと、水陸機動団のAAV7水陸両用装甲車(武若雅哉撮影)。
兵站・衛生訓練は、陸上自衛隊の後方支援体制を訓練するものです。兵站については陸上自衛隊の物資調達や補給整備の総本山といえる存在の補給統制本部を筆頭に、全国の補給処が様々な後方支援部隊と連携して、弾薬や食糧、燃料、被服、予備部品など部隊が行動するにあたって必要となる各種補給品を集め、トラックなどで指定された場所まで輸送します。これについては、在日米陸軍が保有する輸送船での海上機動が実施されるかもしれません。
衛生については、自衛隊医療の中心的存在である自衛隊中央病院を始めとして、全国の自衛隊病院、そして各地の衛生科部隊などが、野外手術セットを展開して病院を開設する、といったことを訓練します。この場合、ヘリコプターによる緊急患者搬送やトリアージ訓練なども行うと推察されます。
システム通信訓練では、陸上自衛隊最大の通信専門部隊であるシステム通信団を筆頭に、広域展開する部隊間の通信インフラを構成したり、その末端、最前線部隊まで細分化された通信網を構築したり、はたまた広帯域多目的無線機を活用した大容量のデータをやり取りするといった訓練が行われると考えられます。
加えて、海上自衛隊や航空自衛隊のシステム通信部隊と協同して、陸海空の垣根を超えた通信訓練も想定されるほか、サイバー戦の専門部隊であるサイバー防護隊などによるサイバーセキュリティ対策に関する訓練も行われるでしょう。
有事さながら 予備自がやるかもしれない訓練とは予備自衛官などが参加すると想定されているのが出動整備訓練です。この訓練では、出頭してきた予備自衛官などを部隊で受け入れ、被服を始めとした個人装具や各種装備品の交付(貸与)を実施します。
ほかにも、駐屯地内のメインストリートに検問所を開設して、予備自衛官が主体となってその運営などを行うかもしれません。ただし、コロナウイルス感染症への対策を考えると、普段は民間企業などで働いている予備自衛官たちを一時的にも駐屯地に集めてしまうことで「密」が発生する可能性もあることから、逆に予備自衛官らを活用した訓練は限定的になる可能性もあります。
これら訓練内容には、陸上自衛隊が過去に行っていた訓練から筆者が推測したものも含まれます。公式発表は少ないものの、筆者としては過去に陸上自衛隊が行ってきた様々な訓練を一元的に管理して実行するのが、今回の「陸演」のキモになるのではと睨んでいます。

アメリカ陸軍の輸送艦で運ばれる陸上自衛隊の1 1/2t救急車(向かって左)とアメリカ陸軍のハンヴィー(武若雅哉撮影)。
では、なぜ今、このような大規模訓練を行うのでしょうか。その背景には中国と台湾の情勢などが深く関わっていると推察されます。
海上自衛隊や航空自衛隊、さらには在日米陸軍の支援を受けて、陸上自衛隊が全部隊を対象にした実動演習を行えば、対外的に極めて大きなアピールとなります。
奇しくも「陸演」とほぼ同じ時期に、台湾においても大規模な軍事演習が始まりました。台湾軍(中華民国軍)は中国本土からの攻撃を懸念していると各種報道などで伝えられていますが、日本と台湾がそれぞれの場所で大規模な演習を同じ時期に行うこと、そしてそれらの演習にアメリカ軍が絡んでいるということを考えると、今回の「陸演」は多分に中国を意識したものであると言わざるを得ないでしょう。
違う場所で、異なる組織が、各々の指揮系統で、個別に演習を実施していますが、よくよく見てみると地図上ではアメリカ軍を後ろ盾にして両部隊が並んでいる形になっているのも否定できません。
ちなみに、30年振りの大規模演習とはいえ、自衛隊は10万人規模の実任務を東日本大震災で経験しています。このときは、陸海空自衛隊とアメリカ軍の統合ミッション「トモダチ作戦」としても活動しましたが、今回の「陸演」も支援部隊として海空自衛隊と在日米陸軍が名を連ねていることから、過去の実績を反映させたものと考えられるでしょう。
東日本大震災は突発事態であったため、現場には多くの混乱が発生したものの、津波で壊滅した仙台空港を数日で復旧させるなど、陸海空自衛隊並びにアメリカ軍の即応対処能力は極めて高いものでした。このような能力は、日本人からすれば頼もしいものであり、逆に敵対する勢力からは脅威に感じ取れるものと言えます。

陸上自衛隊第1ヘリコプター団に配備されている輸送機V-22「オスプレイ」(武若雅哉撮影)。
なお、こうした大規模な訓練ですが、外国に目を向けてみると、ロシアでは約20万人、韓国では在韓米軍を含めて合計20万人規模の演習を行っており、世界的には決して珍しいものではありません。
「陸演」の本質は、隊員約10万人、車両約2万両、航空機約120機を動員し、約2か月間に渡ってミッションを継続できる能力を陸上自衛隊は持っているんだということを、国内外に向けて証明する点にあります。
今回の「陸演」は実施規模があまりにも大きいため、全容を掴むことは難しいですが、11月下旬の演習終了までのいずれかで、いつもとは違う陸上自衛隊の動きを見ることができるかもしれません。