戦闘機ではトラブルが起きた際、搭乗員は空中射出ののち、パラシュートを使って降りてくることがあります。これを旅客機で実現することはできないのでしょうか。
ジェット戦闘機で機体に何らかの損傷があった場合、搭乗員は椅子ごと空中に射出され、その後パラシュートが開き、地上に降りてくることができるようになっています。
一方、ジェット旅客機では、このような設備はありません。戦闘機のようなパラシュートを用いた非常用設備を装備しておけば安心感が増すのでは……という意見は、事故が発生してしまうたびに、いつも議題にあがるほど根強いテーマです。ただ実際には旅客機、そして軍用機も含め、搭乗員が多い飛行機では、非常時の落下傘などは装備していません。なぜなのでしょうか。
空港にいるボーイング777旅客機(乗りものニュース編集部撮影)。
一言で言ってしまえば、日本では航空法の第90条に、「国土交通大臣の許可を受けた者でなければ、航空機から落下さんで降下してはならない」という一文があるため実現できないのです。ただこれだけでは、身もフタもないので、軍隊の「落下傘降下」についても少し交えながら、旅客機の座席にパラシュート、つまり落下傘が備えられない理由を見ていきます。
まず課題となるのは、その重さです。たとえば陸上自衛隊の空挺部隊が使用する60式空挺傘と呼ばれる落下傘は、その重量が約15kg以上あります。航空機全般にとって、軽量化というのは永遠の課題です。
また重さだけではなく、その大きさも課題です。数百人分もの落下傘をまとめておくスペースは限られますし、非常時に迅速に配布することも大変です。もし仮に格納するのであれば、椅子の下もしくは頭上の収納スペースというのが現実的な選択肢ですが、前者ではスペースが狭まることで座り心地が悪くなり、後者では持ち込み手荷物に制限が出てきます。つまり、現在の快適性とトレードオフとせざるを得ないのです。
このほか、子供用の落下傘も実在するものの、機内搭乗時に席に合わせて配置することは手間がかかります。実際に降下する際には親子で一つの落下傘というのも考えにくいので、有事のときは赤ちゃんを見捨てて……という展開すら予想されるでしょう。
では、もし軽いパラシュートが開発されたとしたら、どうでしょうか。
乗客によるパラシュート降下、もししたらどうなるの?ジェット旅客機が巡航する約1万mの高度では、人間は酸素の供給なしで活動できません。そのため機体にトラブルが生じた場合、酸素マスクが降り、人間か活動可能な高度まで降りることになります。つまり落下傘の準備は、降下がある程度完了しないとできないということです。
次に問題となるのが、旅客が落下傘の装備を手早く、うまく背負えるかという事です。
過去にはジェット旅客機が非常事態で着陸した際、地上で乗客がドアに殺到した結果、被害が増したという例もあります。落下傘を装備すれば通路も狭くなるため、CA(客室乗務員)による適切な誘導が不可欠で、それができたとしても、地上で手ぶらで脱出するよりは時間がかかります。
つまり一分一秒を争う状況では、落下傘は逆に混乱を招きかねないのです。

ロボットが出るスターフライヤーの機内安全ビデオ。ビデオの内容に工夫を凝らす航空会社も多い(乗りものニュース編集部撮影)。
落下傘での降下に関して、国の許可(資格)がいることは触れたとおりですが、素人である乗客が、落下傘を装備し、ドアから飛び出る際に大きな危険が伴います。また機種によっては、上空でそもそもドアを開けることができない機種もあり、旅客機自体の大きな改修や、もろもろの当局への申請が必須です。
またよくあるスカイダイビングの映像でもわかるとおり、落下傘を開くと、急に空気抵抗で減速することになります。このとき、近くにいる人にぶつかったり、自分の足や首をひもに巻きつかれてしまう恐れもあります。旅客機からであれば、数百人規模が一気に落下傘で降りるということであり、無事に全員が着地するのはまさに至難の技です。
命を預かる操縦士はさまざまなトラブルに備えて日頃訓練をしていますし、彼らの席にも落下傘はありません。整備士をはじめ航空会社や管制官の方々なども、それぞれの分野における安全のプロです。私たち旅客は、しっかり安全ビデオと安全のしおりを見たら、あとはプロの方に身を委ね、目的地まで行くのが一番です。旅客機は事故率が最も少ない、もっとも安全な乗りものなのですから。