フランス潜水艦キャンセル&アメリカ原潜導入発表という大立ち回りを見せたオーストラリア。当然、フランスは激怒している様子ですが、オーストラリアにもそれ相応の事情があるようです。
2021年9月、オーストラリア海軍の次期潜水艦が話題になりましたが、この件は少し前まで日本も当事者でした。2014(平成26)年当時のトニー・アボット オーストラリア首相は、日本のそうりゅう型潜水艦が有力候補であることを示唆していたのです。日本ではその年の4月に防衛装備移転三原則が制定され、直後の大型商談ということもあり、日本政府内ではオーストラリアの「豪」をもじって、そうりゅう型の「ごうりゅう」プロジェクトとして期待が高まりました。
オーストラリア海軍の現用潜水艦コリンズ級6番艦「ランキン」(画像:アメリカ海軍)。
その前年である2013(平成25)年に日本政府は、在外邦人等救出用として輸送防護車の購入を決めていますが、これがオーストラリア製の「ブッシュマスター」という装甲車でした。日本がオーストラリア製の防衛装備品を購入するのは珍しいのですが、潜水艦の商談を有利にしようという営業的な配慮もあったといわれています。
しかし2015(平成27)年にマルコム・ターンブル首相へ交代すると、2016(平成28)年4月にこの次期潜水艦の件はフランスが正式受注します。輸出商談をおっかなびっくり始めたばかりの日本が、武器輸出大国として百戦錬磨の営業経験を持つフランスと競争するのは厳しかったようです。
ところが2021年9月15日、現オーストラリア首相であるスコット・モリソンは、フランスとの契約を破棄し、アメリカとイギリスから原子力潜水艦を導入すると表明しました。
このようにオーストラリアの新型潜水艦計画は二転三転し、通常型潜水艦を導入するはずだったのに、原子力潜水艦への変更という大転換を見せています。フランスは約500億ドル(約4兆円)規模のビジネスを失いました。
潜水艦はイニシャル費用もランニング費用も巨額になる国家的なビジネスで、政治経済、外交的なファクターが大きく反映します。フランスとのビジネスは、契約後も進捗が順調ではないとされていましたが、なぜこんなに大きなどんでん返しとなったのでしょうか。豪英米の「新しい」安保同盟であるAUKUS(オーカス)の締結がかかわるのはもちろんですが、オーストラリアにもそれ相応の事情があると見られます。
アタック級キャンセル オーストラリアに相応の事情アリひとつ考えられるのが、2009(平成21)年に次期潜水艦が構想されてから10年以上経過し、インド太平洋地域の状況が大きく変化したということです。西側諸国は中国を意識して、この地域により大きなプレゼンスを発揮する必要性が高まりました。
しかし南半球にあるオーストラリアから焦点となっているこれら地域へ潜水艦を派遣するのは結構大変で、要求仕様には遠距離航海できることが盛り込まれていましたが、その重要性は更に増したというわけです。そして、原潜が通常型より有利な点は航続距離と水中航行速度です。
潜水艦の作戦可能日数を、通常型では「航海期間50日、平均航行速度6.5ノット」、原潜では「航海期間90日、平均航行速度20ノット」と想定して、オーストラリアのスターリング海軍基地から出航した場合を考えてみましょう。

オーストラリア海軍潜水艦隊の母港スターリング海軍基地から主要海域への距離と潜水艦別作戦行動可能日数イメージ(月刊PANZER編集部作成)
南シナ海までは3000カイリ、作戦行動ができる日数は通常型で11日、原潜で77日となります。東シナ海へは4000カイリで、作戦行動可能日数は通常型0日、原潜73日とされています。つまり東シナ海は、通常型では往復するのが精一杯なのです。原潜が有利なのは一目瞭然です。
次に考えられるのは国内的な要因です。オーストラリア政府は計画当初より、潜水艦の国内建造を条件としていました。なんといっても約500億ドル(約4兆円)規模のビジネスです。雇用や経済面から、国内産業界からの計画に対する期待と圧力は無視できないものでしたが、正直なところオーストラリアの工業力に相応ではない分野もあります。これが、フランスとの事業が進捗しなかった原因のひとつでもあります。
「ごうりゅう」でもキャンセルされていた? 切実な国内事情このオーストラリアの工業力に関する問題は、実は冒頭でふれた日本の「ごうりゅう」プロジェクトでもハードルとなりました。
潜水艦の船体には高張力鋼が使われます。そうりゅう型に使用されているのは最新のNS110鋼と呼ばれるもので、数字の「110」は保証耐久値(kgf/mm2、キログラム重毎平方ミリメートル)を表し、大雑把にいうとNS110鋼は1平方ミリメートルあたり110kgまでの引っ張りに耐えられるということです。そしてこのNS110鋼が可能にするそうりゅう型の作戦可能深度は、約600mといわれます。

呉に停泊する日本のそうりゅう型潜水艦(2019年12月18日、月刊PANZER編集部撮影)。
NS110鋼は溶接などの加工が難しく、オーストラリアでは製造や加工ができません。スペックダウンしたNS80鋼に変更すると作戦可能深度は約300mとなり、ノックダウン建造した「ごうりゅう」はオリジナルそうりゅう型より性能が劣るものにならざるを得ません。
今回、オーストラリアは原潜という選択をしましたが、同国は有数の天然ウラン産出国でありながら、一方で商業用原子力発電所を法律で禁止しています。つまり、原子力産業が未成熟のオーストラリアは今回のプロジェクトにおける潜水艦の国産化を諦めなければならず、工業力を理由として通常型潜水艦の国産化を断念するよりは国内を納得させやすいとオーストラリア政府が考えたのではないか、とも思案されます。
原潜も先行きは不透明かも 「ごうりゅう」再浮上の目はあるか?しかし、何よりも問題である点は、政権交代のたびに方針が変わっていることです。国際情勢も変わっているのですが、国内産業への寄与が期待できない原潜ビジネスが本当に進捗するのか、見通しは不透明です。
原潜は初導入ということで、戦力化までにはまだ相当、時間も掛かかるでしょう。しかし現用のコリンズ級は問題が多く、オーストラリアにとって潜水艦戦力の整備は喫緊課題となっており、戦力化期間短縮のため扱い慣れた通常型に振り戻される可能性はゼロではないと、筆者(月刊PANZER編集部)は見ています。

たいげい型潜水艦1番艦「たいげい」、進水式にて(画像:海上自衛隊)。
「ごうりゅう」が復活する可能性はあるのでしょうか。そうりゅう型の11番艦「おうりゅう」は、水中動力源をそれまでのAIP(非大気依存推進)機関と鉛蓄電池併用から、GSユアサが開発した大容量のリチウムイオン二次電池1本に変更した、事実上の新型です。電力容量は約8倍となり、水中最大速力20ノット(約37km/h)、最大潜航時間200時間以上といわれ、静粛性は原子力潜水艦より優れています。充電速度は従来と変わらず充電耐用年数も長く、通常型でありながら原潜に近い運用が可能になります。
これと同じ水中動力源を搭載しバージョンアップした後継艦「たいげい」も、2020年10月14日に進水しています。