コロナ禍による乗客減少の影響が長引き、高速バスでは路線再編の動きが加速。そのなかで縮小傾向にあるのが、夜行便を中心とする長距離路線です。
2021年10月、ジェイアールバス関東と西日本ジェイアールバスが共同運行する東京~京阪神路線の全便が東名高速経由から新東名経由となり、所要時間が短縮、走行環境も向上しました。
経路変更が実現したのは、愛知県内の新東名・新城(しんしろ)ICの前に営業所が完成し、乗務員の乗り継ぎ拠点が東名・三ヶ日ICから移転したからです。同路線の夜行便「ドリーム号」と昼行便「昼特急」シリーズは、新城から東をJRバス関東が、西は西日本JRバスの乗務員が、それぞれワンマンで運転します。運行管理や運転といった業務の一部を他のバス事業者に委託できる「乗合バス型管理の受委託」制度を活用したものです。
道の駅もっくる新城に停まるJR高速バス。ここで乗務員交代が行われる(成定竜一撮影)。
乗り継ぎは、営業所向かいの「道の駅もっくる新城」で行われます。「昼特急」では乗客の休憩場所を兼ね、また乗降停留所でもあります。高速道路上のサービスエリアと違い、缶ビールなど酒類も購入できるほか、新たに延伸された路線バスで湯谷温泉や鳳来寺山といった観光地へ向かうこともできます。なお、新城ICでは、ETC2.0搭載車両なら高速道路から一時退出しても料金が通算されるという社会実験が行われています。
両社がワンマン乗り継ぎ運行にこだわるのは、このような長距離路線では収益性に課題があり、運行コストを適正に抑える必要があるからです。
さらに、JRバス首都圏~京阪神線では、多くの便で欧州製の2階建て車両を導入し座席定員を多く確保したうえ、予約状況に合わせ価格を変動させるダイナミック・プライシングも導入して運賃収入の最大化にも努めています。
夜行が多くを占める長距離路線 もともと厳しかった多様な高速バス路線の中で、片道おおむね350kmを超えるものが、長距離路線に分類されます。首都圏発着なら仙台以北、名古屋以西へ向かう路線です。全国の高速バス、毎日約1万5000便(コロナ前)のうち、長距離路線の比率は1割強で、その多くが夜行便です。
夜行バスには高級な座席や、乗客向けの待合ラウンジなど華やかな印象もありますが、実は規模も収益性も見劣りするため、昼行便中心の短・中距離路線に注力する事業者も少なくありません。コロナ禍さなかの2021年3月には、京浜急行バスが長距離・夜行路線からの撤退を決めました。

弘南バスの車両。弘前~東京・横浜線「ノクターン号」は、2021年12月の運行再開とともにバスタ新宿経由の「ニューノクターン号」として装いを新たにした(画像:弘南バス)。
長距離路線の歴史を振り返ると、その第一号は前述の「ドリーム号」で、2019年には開業50年を迎えましたが、その間に2つの転換期を経験しています。
1回目が1980年代半ばです。1983(昭和58)年、阪急バス/西日本鉄道の「ムーンライト号」(大阪~福岡)を皮切りに、起点側と終点側の事業者による共同運行が認められます。
2回目の変化は2000年代半ばに起こりました。既存事業者による開拓が不十分だった首都圏~京阪神など大都市間路線で、新興業態である高速ツアーバス各社が急成長したのです。その原動力となったのはウェブマーケティングで、「楽天トラベル」などの予約サイトが、高級座席/格安便、あるいは女性向けサービスなど「バスを選んで予約する」市場を作り上げました。
それでも新規参入が続々のワケ前者の地方マーケットでは、弘南バスをはじめとする路線バス事業者は「地元の名士」です。そのため地元での浸透は早く、「ブルートレインの代替」として定着しました。「東京、大阪で朝イチに商談」「会食やコンサートに夜まで参加」といった場合、夜行移動が便利だったからです。しかし近年、相次ぐ新幹線延伸で日帰りが可能になり、「忙しいから、時間節約のため夜行バス」という出張客は新幹線に移った地域が目立ちます。
大都市間中心だった高速ツアーバス各社も、制度改正を受け、法令上、既存の高速バスと一本化されるとともに地方路線へ進出しています。大阪~福岡では、伝統ある「ムーンライト号」の撤退後、代わりにこれら新興事業者らが続々と参入して市場をむしろ拡大させており、事業者の腕が試されているとも言えます。
後者の大都市間マーケットでは、激しい競争のなか、事業者が二分されつつあります。「ドリーム号」や「ウィラーエクスプレス」、平成エンタープライズ「VIPライナー」などが、ポイントプログラムを充実させるなどして「指名買い」のリピーターを増やすブランド化戦略に成功しつつある一方、中小事業者の多くは価格訴求に頼っています。
このように楽な経営と言えない長距離路線ですが、予約サイトからの送客を期待できるため、後発での参入は比較的容易です。特に、国内客も訪日客も団体旅行から個人旅行へシフトし市場縮小が進む貸切バス事業者から見ると、希望のマーケットに映ります。将来に危機感を強めた中小の貸切専業の事業者が、一縷の望みをかけ首都圏~京阪神などに参入する例が見られます。

ウィラーエクスプレスの例。同様のデザインで、帝産観光バスと祐徳自動車が参入する(中島洋平撮影)。
それら中小事業者と一線を画し注目されるのが、2021年12月の帝産観光バスと祐徳自動車の参入です。前者は、東名阪に拠点を構え、創業70年を超える貸切専業の老舗。後者は、戦前からの歴史を持つ佐賀県の路線バス事業者ですが、貸切バス事業を大きく展開する一方、高速バスは運行していませんでした。いずれも、ウィラーエクスプレス仕様の車両とブランドで運行するものの、許認可のうえでは紛れもない自社路線です。
高速バス逆襲へ? 勝ちパターンは見えた旅行会社などの法人を相手にビジネスを行ってきた貸切バス事業者にとって、個人客を対象として展開する高速バス事業は、当事者の予想以上に難しいものです。なんとか参入できたものの、自己流で集客を図り結局は価格訴求に走ってしまう中小事業者も少なくないなか、帝産観光バスは、必要なコストを負担する代わりに、実績あるウィラーの販売ノウハウを活用することでリスクを避ける方法を選びました。
また祐徳自動車は、佐賀県に根付いた路線バス事業者です。
2021年12月現在、コロナ禍収束も視野に入りますが、移動需要は完全には回復しない恐れがあります。このような長距離路線は、高コスト構造や、閑散日と繁忙日で需要の波が大きいことが壁となり、乗車率がわずかに下落するだけで赤字に転落します。それを理解しているからこそ、国は2012(平成24)年に法令を改正し「貸切バス型管理の受委託」や「幅運賃」といった新制度を認めました。そこに、今後へのヒントが隠れています。

JR高速バスの続行便として運行する帝産観光バス。同社は従来から「貸切バス型管理の受委託」制度を活用し、他事業者の高速バスに助っ人として入ることがあった(成定竜一撮影)。
近隣の路線を統廃合して平日の乗車率を底上げしつつ、連休や年末など繁忙日には「貸切バス型管理の受委託」を活用し、外部の事業者の車両と乗務員で続行便(2号車以降)を適切に設定する。「幅運賃」制度に基づくダイナミック・プライシングを導入する。そういった手法で、固定費を抑えつつ運賃収入を最大化できます。
冒頭で紹介したJRバスの「乗合バス型管理の受委託」によるワンマン乗り継ぎ運行も含め、勝ちパターンは見えてきました。長かった「コロナ運休」が明けて、以前と同じに戻すだけなら、将来は厳しいままでしょう。