ロシア軍の上級指揮官が相次いで戦死しています。ウクライナ軍にとっては大戦果ですが、そのやり口は冷戦中にNATOが対ソ連軍用に検討していたものに酷似しているとも。

いったいどのような戦術なのか解説します。

あまりにも多い上級指揮官の戦死

 ロシア軍は、2022年2月24日のウクライナへの侵攻開始以降、わずか1か月ほどの交戦で、実に6名の将官を含む11名もの上級指揮官(以下本稿では将官と上級佐官を含んでこう表記)を失いました。彼らの氏名と指揮していた部隊は次のとおりです(階級順)。

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ウクライナ領内に遺棄されたロシア軍の装輪装甲車(画像:ウクライナ国防省)。

・第8親衛諸兵科連合軍司令官アンドレイ・モルドヴィチェフ中将
・第49諸兵科連合軍司令官ヤコフ・レザンツェフ中将
・第41諸兵科連合軍副司令官兼第7親衛空挺師団長アンドレイ・スホベツキー少将
・第41諸兵科連合軍参謀長兼第一副司令官ヴィタリー・ゲラシモフ少将
・第29諸兵科連合軍司令官アンドレイ・コレスニコフ少将
・第150自動車化狙撃師団長オレグ・ミチャエフ少将
・黒海艦隊副司令官アンドレイ・パリー上級大佐
・第331空挺連隊長セルゲイ・スハレフ大佐
・第12独立親衛工兵旅団長セルゲイ・ポロフニャ大佐
・第61海軍歩兵旅団長ドミトリー・サプロノフ中佐
・第11空挺強襲旅団副旅団長デニス・グレボフ中佐

 開戦直後、ロシア軍は約20名の将官を現場に送り込んだといわれているため、もしこの数字に間違いがなければ、将官に関しては実に30%に近い戦死率になります。この数値は異常な高率といえるでしょう。

 しかし、なぜこれほど短期間で、ここまで多数のロシア軍上級指揮官が失われたのでしょうか。そのあたりを考察してみます。

将軍が最前線に出向くメリット&デメリット

 第2次世界大戦時のドイツ軍では、上級指揮官が最前線に出ることが多く、それゆえに、しばしば戦死するケースがありました。一方、そのドイツ軍と東部戦線で対峙した旧ソ連軍も、ドイツ軍の指揮スタイルを真似て上級指揮官が最前線に赴くようになった結果、同様に戦死するケースがしばしば生じています。

 旧日本軍もまた、他国に比べて特に上級指揮官が失われることが多くありました。ただ、これはアメリカの大艦隊に包囲され脱出の途が閉ざされた島嶼を守る陸軍の上級指揮官や、「キャプテン・ザ・ラスト」の考えに則り、海軍の艦長や艦隊司令官が沈没に際して乗艦と運命を共にしたことなどから、その戦死率が他国に比べてかなり高くなるのは条件的にやむを得ないことでした。

ロシア軍の将軍クラス指揮官を次々狙い撃ち なぜ可能? ウクライナの戦術にNATOの影
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ウクライナ領内に遺棄されたロシア軍の車列(画像:ウクライナ国防省)。

 まだ通信連絡機器が今日ほど発達していなかった第2次世界大戦当時、高位の司令官が最前線に身を置くと、実質的なメリットとして、リアルタイムで戦況に接しその場で即座に判断が下せるので、指揮上きわめて有効であることが挙げられます。加えて「オレたちの司令官はオレたちと共に最前線で戦っているんだ」という、隷下の将兵の士気を鼓舞する心理的な副次効果もありました。

 しかし通信連絡機器が発達した現在、戦線のかなり後方でも、ほぼリアルタイムで確度の高い戦況が把握できるようになったため、上級指揮官が最前線に赴く必要性は下がっています。それでも、あえて最前線にいくのは、将兵の士気を鼓舞するためのパフォーマンスぐらいしか意味がないでしょう。

 ところが、この「通信連絡機器の発達」が、別の問題を引き起こしました。

冷戦期にNATOが考えた対ソ連軍戦術の概要

 かつての東西冷戦下、旧ソ連が盟主を務めるワルシャワ条約機構は、同様にアメリカが盟主を務めるNATO(北大西洋条約機構)と、ヨーロッパ正面において真っ向から対峙していました。

 当時、ワルシャワ条約機構は、質はともかく、数的には兵員、戦車などの装甲戦闘車両、軍用機という全ての面で、NATOを凌駕していました。ただ内実は、一般兵はもちろん下士官にまで経験と練度において不足した徴集兵が多く含まれており、仮にも士官教育を受けた尉官級のいわゆる下級士官にも、現場での判断権を与えていなかった当時の社会主義の軍隊特有ともいえる「上からの命令に下を盲従させる」スタイルで、この巨大組織を動かしていたといえるでしょう。

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ロシア侵攻前、訓練中のウクライナ兵(画像:ウクライナ国防省)。

 数的劣勢に悩むNATOは、ワルシャワ条約機構のこの点に注目しました。NATO各国の軍隊は、民主主義国の軍隊らしく下士官、下級士官、中級士官という各指揮階級に対して相応の指揮権限を付与しており、必要に応じて独自の責任の下、行動することを許していました。

 ゆえに、それとは逆の理念で運用されているワルシャワ条約機構の組織的運用を阻害して機能不全に陥らせるには、各級の指揮官を抹殺すればよいと思いついたのです。要は「頭」さえ叩き潰せば、残された「手足」は統制のとれない無秩序な動きになり、組織として効果的な戦闘を行えなくなるということです。

 そこでNATOは、電波傍受や電子的あるいは映像的な偵察によって、ワルシャワ条約機構側の指揮中枢を見つけ出す能力を高める方向に舵を切り、冷戦終結後の今日に至るまで、小隊長よりも連隊長、師団長よりも軍司令官という、より上位の指揮官を見つけ出して叩き潰すという戦い方を研究し続けてきました。

 結果、筆者(白石 光:戦史研究家)が推察するに今回のウクライナ紛争では、NATOが長年培ってきた前述の戦い方が奏功し、実に11人もの上級指揮官が失われたのではないかと考えるのです。

ウクライナの背後にちらつくNATOの影

 では、具体的にはどのような方法で行ったのか。それについては、これはおそらくウクライナ独自の情報収集能力だけでは難しいと考えられるため、NATO側がリアルタイムでウクライナ側に情報を提供し、それに基づいて各級の指揮中枢を「狙い撃ち」しているのではないかと思われます。

 また、これもあくまで筆者の推察ですが、ウクライナ入りしているアメリカやイギリスの軍事顧問団のなかに、NATOからもたらされる各種の偵察情報を受け取ったうえ、現地で収集された情報も加味して、叩くべき指揮中枢を決めている頭脳集団がいるかもしれません。

 なお、公表すればロシア側の士気低下とウクライナ側の士気高揚に効果的なロシア軍上級指揮官の殺害こそ大々的に報道されていますが、最前線では、同様の情報分析によって小隊長、中隊長、大隊長といった下級指揮官も、かなりの人数が「狙い撃ち」されている可能性も考えられます。もしかしたら、それがロシア軍の攻勢の低迷にかなり影響している可能性も、なきにしもあらずかもしれません。

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ロシア侵攻前、訓練中のウクライナ兵(画像:ウクライナ国防省)。

 では具体的に、上級指揮官らはどのような手段で排除されているのでしょうか。日本における報道のイメージでは、まるで凄腕の狙撃手に暗殺でもされているように受け取られかねない「狙い撃ち」という言葉が使われています。

しかし、師団や軍団の司令部が所在する戦線後方に狙撃チームが入り込むことはきわめて困難であり、よしんば狙撃に成功しても、生還はほぼ不可能です。

 海外のニュースソースを翻訳した「狙い撃ち」という言葉から考えられるのは、文字通り狙撃銃で狙い撃ちしている以外にも、たとえば移動指揮車の車列を、航空攻撃や砲撃、あるいはドローンによる精密攻撃などで攻撃しているというのも含まれます。

 いまだ先が見えないロシア軍によるウクライナ侵攻。戦いが続けば、ロシア軍はさらに多くの上級指揮官を失う可能性が高いと思われます。