オーストラリア政府が装輪装甲車「ブッシュマスター」をウクライナに供与しました。ゼレンスキー大統領がその性能を絶賛して急遽実現しましたが、各国への“おねだり”の裏には、戦後をにらんだしたたかな戦略があるようです。

ゼレンスキー大統領が大絶賛し「ブッシュマスター」を手に入れる

 オーストラリア政府は2022年4月8日、ウクライナに装輪装甲車「ブッシュマスター」20両の供与を決定。翌9日には、その第一陣4両を搭載した同国空軍のC-17A輸送機が、ウクライナの隣国ポーランドへ到着しました。

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ウクライナへ供与されたオーストラリア製の装輪装甲車「ブッシュマスター」(画像:オーストラリア国防省)。

 ブッシュマスターはタレスのオーストラリア法人、タレス・オーストラリアが開発した4輪駆動の装輪装甲車です。車体の底部は地雷やIED(即席爆発物)の爆発によって起こる衝撃を分散し、爆発によって生じた破片などの車内への貫通も防ぐV字型構造を採用しており、地雷やIEDに強い装甲車の一つとして知られています。開発国のオーストラリアだけでなく、イギリスやオランダなどにも採用されているほか、日本でも陸上自衛隊が「輸送防護車」の名称で8両を導入しています。

 このブッシュマスターの供与は、3月31日にウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領がオーストラリア連邦議会で行ったオンライン演説でブッシュマスターの能力を絶賛し、供与を求めたことから、翌4月1日に急遽決まったものです。

 オーストラリア政府は3月1日に、ウクライナへの武器供与を決定していますが、その中には装甲車は含まれていませんでした。全世界が注目しているゼレンスキー大統領の演説におけるブッシュマスターの絶賛は、オーストラリアの防衛産業にとって大きな宣伝効果をもたらしたことは間違いなく、それもあって演説の翌日に供与が決定したのではないかと筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は思います。

もうひとつのゼレンスキー氏絶賛兵器とは?

 ブッシュマスター以外にもう一つ、ゼレンスキー大統領が名指しで能力を高く評価し、供与を求めた兵器があります。それはイスラエルが開発した防空システム「アイアンドーム」です。

 アイアンドームは「タミル」ミサイルの20連装ランチャーとレーダー、指揮ユニットから構成される、ロケット弾や砲弾などの迎撃を主な用途とする防空システムです。

安価な敵のロケット弾や砲弾などの迎撃に、高価な地対空ミサイルを使用するのは割に合わないことから、「ダービー」空対空ミサイルなど、既存の兵器の技術をできる限り流用して開発されました。他の防空システムに比べて、調達と運用のコストが安価である点が特徴の一つとなっています。

 また迎撃成功率の高さも、アイアンドームの特徴の一つです。アイアンドームは2011年3月からイスラエル国防軍に配備されており、同年末の迎撃成功率は約70%でしたが、2012年6月13日付のIsrael Defense(Web版)は、同月に迎撃成功率が90%以上に達したと報じています。

「その兵器ウクライナにいい」交渉上手なだけでないゼレンスキー大統領の安全保障戦略
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「アイアンドーム」の20連装ミサイルランチャー(竹内 修撮影)。

 ロシア連邦軍のロケット弾や砲による攻撃を受けているウクライナにとって、アイアンドームは喉から手が出るほど欲しい装備品であることは間違いありません。

 しかしイスラエルはアメリカや西欧諸国と異なり、ウクライナへの防衛装備品の供与には慎重な姿勢を示しています。また、仮に供与が実現したとしても、旧ソ連型の防空システムが主流を占めるウクライナ防空軍による運用開始までにはかなりの時間を要するものと考えられます。

それいいね欲しい! の裏にあるゼレンスキー氏の思惑

 アイアンドームはブッシュマスターと異なり、現在進行しているロシアとの戦いですぐ役に立つ兵器ではありません。にもかかわらずゼレンスキー大統領が名指しでアイアンドームの供与を求めた背景には、ゼレンスキー大統領とウクライナ政府が、「戦後」のウクライナの安全保障に、イスラエルを関与させるための布石なのではないかと筆者は思います。

 ウクライナは3月29日に行われたロシアとの停戦交渉で、ウクライナがNATO(北大西洋条約機構)への加盟を断念する見返りとして、10か国がウクライナの安全を保証するという案を提示しています。

 この10か国の中にはアメリカやイギリスのほか、今回の侵攻でウクライナにおける“抵抗のシンボル”の一つとなっている「バイラクタルTB2」開発国のトルコなどに加え、イスラエルも含まれています。

 イスラエルはロシアの侵攻以来、ロシア、ウクライナの両国の調停を試みており、ウクライナが安全を保証する国として挙げた10か国の中で、最も中立的な位置にあります。そのイスラエルを、ウクライナの安全を保証する国の一つに加えることができれば、ロシアが求めているウクライナの「中立」という印象は強いものになります。

 ロシアとの戦いがいつ終わるかの見通しが立たない中でも、既に「戦後」に向けた布石の一つとしてアイアンドームの供与を求めたのだとすれば、ゼレンスキー大統領とウクライナ政府は、かなり「したたか」であると言えるでしょう。

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