長期化しつつあるロシアとウクライナの戦闘。まぜロシアはそこまで手こずっているのか、そして自衛隊が教訓とすべき点はどこにあるのか、陸上自衛隊のトップを務めたOBに話を聞きました。

ロシアが採ったウクライナ侵攻のやり方

 2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵略は、長期化の様相を呈しています。なぜこのような「泥沼」状態に陥ったのか、そしてウクライナ侵攻から考えることができる自衛隊への教訓は何なのかを、第32代陸上幕僚長を務めた火箱芳文(ひばこ よしふみ)氏に聞きました。

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砲撃を行うウクライナ軍の自走砲(画像:ウクライナ軍参謀本部)。

――そもそも、ロシアはウクライナを攻めるにあたり、短期決戦を狙っていたといいますが、そのために採った戦術や戦略はどういったものだったのでしょうか?

 ロシア地上軍はウクライナに対して、「ロシア南西部から西進」「北側のベラルーシ領内から南下」「クリミア半島から北上」の3方向から侵攻しました。これにより、最終的にはウクライナ全域の占領を企図したものと思われます。このため、まず制空権の確保を目的として航空作戦を行い、併せてサイバー戦、電子戦を併用し、徹底した航空攻撃、ミサイル攻撃により軍事施設、通信施設といった重要施設の事前破壊を行っているでしょう。

 その後、首都近郊の空港に空挺部隊、特殊部隊を降下させ、ゼレンスキー大統領に対する斬首作戦を実施しようとしましたが、首都および周辺の防備は固く、しかも北からの攻撃部隊との連携もうまくいかなかったため、この作戦は失敗したようです。

なぜロシアは短期決戦に失敗したのか

 また東部・南部地区の主要都市にはウクライナ軍主力の首都防備部隊を牽制するための攻撃を行っていますが、これが却ってロシア軍の兵力を分散させる結果となり、首都に対する攻撃の衝撃力を削いだのではと考えられます。

 南部地域は以前から戦闘が継続し、クリミア半島やルハンシク(ルガンスク)州、ドネツィク(ドネツク)州などは実効支配していることから後方の兵站支援も確保できる利点があるものの、ウクライナ軍のアゾフ連隊らの抵抗に遭い進展は遅かったです。

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陸上自衛隊OBの火箱芳文氏。東日本大震災の発災時に陸上幕僚長の要職に就いていた(柘植優介撮影)。

 ロシア軍とウクライナ軍の戦力を比較した場合、空軍および海軍戦力は圧倒的にロシア優位ですが、地上軍だけを見ると、20万人対10万人で約2倍の差しかなく圧倒的優位といえるほどではありません。

一般的には、「攻撃三倍の法則」と言われるように、攻める方は守る方と比べ、少なくとも3倍以上の兵力を要すると言われています。そうなると、20万人の兵力では、人口約4000万人で日本の約2倍の面積を有するウクライナの全領域を短期に占領するのは不可能だと言えるでしょう。

 これはプーチン大統領やショイグ国防相,ゲラシモフ軍参謀総長らにとって大誤算であり、首都に斬首作戦を仕掛け、ウクライナ東部、南部の全方向から包囲すればゼレンスキー政権は白旗を掲げてウクライナを脱出し逃亡する可能性が大と判断したのでは思われます。

 従って、作戦に要する戦費、装備も兵站もこれほど長期になるとは思っておらず、せいぜい1週間か10日ほどで決着がつくと判断していたのではないでしょうか。

ウクライナの祖国防衛作戦

――では、攻め込んできたロシアに対してウクライナはどのように対抗したのですか? ウクライナなりの戦略と戦術をわかる範囲でお教えください。

 確かなことはわかりませんが、ウクライナは最終確保地域を首都キーウ(キエフ)と定めて強固な防御配備を取り、首都に通じる北部ではチェリニヒウ(チェルニゴフ)やスームィ(スムイ)、東部ではハルキウ(ハリコフ)やドネツィク(ドネツク)、南部ではマリウポリなどの主要都市で、制空権を奪われた中で建物などに潜み障害物を利用した歩兵による対戦車戦闘、近接戦闘などにより抵抗し続けたと思われます。

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青と黄色のウクライナ国旗を掲げて走るウクライナ陸軍の自走砲(画像:ウクライナ軍参謀本部)。

 ウクライナは、首都だけは絶対に守り通すとの強い意思のもと、近郊エリアへの配備強化を行い、周辺地域での抵抗で首都の内部までの侵入を許さなかったことで、ロシア軍は当初目論んでいた短期決戦に失敗したと言えるでしょう。

 ウクライナは首都の防衛が成立している限り、各地での戦闘を止めることはないでしょう。ロシアはもともと実効支配していたクリミア半島や、南部ドンバス地方マリウポリを墜とせれば最小限の大義名分を達成したとして停戦に向かう可能性があります。

 しかし、ウクライナは領土を取られたままでは停戦に応じません。そのため、NATO諸国の支援を受けて南部ドンバス地方を始め、クリミア半島を反撃奪還して、そこで初めて停戦交渉に応じると考えます。

カギは、それまでウクライナ軍が残存しているかにかかっていると言えます。

自衛隊が考慮すべき戦訓とは

――今回のウクライナ紛争が自衛隊に与える教訓などはありますか?

 今回のロシアによるウクライナ侵略が自衛隊に与える教訓は3つあります。

 ひとつは、侵略に対する最後の砦は、やはり地上部隊(陸軍)であるということでしょう。圧倒的に海・空戦力の優勢なロシア軍に対して、制空権・制海権を取られているなかでもロシア軍の侵攻を食い止めているのは、ウクライナの戦車、火砲の支援を受けた地上部隊および民間武装組織です。「国防」とは、地上部隊が生き残って戦い、陸戦に勝利すること。これにより初めて独立は保持できるということを認識すべきです。

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警察とともに国民保護訓練を行う陸上自衛隊部隊(画像:陸上自衛隊)。

 ふたつめは国民保護の重要性を改めて認識したという点です。侵略を受けたとき、子どもや女性、高齢者を避難させなければ多くの民間人が被害に遭います。そのとき、陸上自衛隊は最前線で戦いつつ、後方地域での国民保護にもあたらねばなりません。安全な地域に避難させ保護しなければ国民が命を失うことになりかねません。陸上自衛隊で国民保護に割ける人員は限られているため、定数ならびに実員の増加が必要であり、常日頃から自衛官OBを含む国民保護に任ずる陸上自衛隊の体制を構築しておくべきです。

 3つめはロシア、ウクライナ双方とも凄まじい情報戦を行っている点です。表にはまだ出ていませんが、サイバー戦、宇宙戦、電子戦の領域は激しく行われていると考えます。また欧米諸国の支援を受けてウクライナが実施している情報戦(対情報戦、認知戦)はすさまじいものがあり、これは自衛隊も学ぶべき点が多いでしょう。

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