アメリカ空軍の新型練習機T-7Aを、メーカーであるボーイングは単なる練習機ではなく「教育訓練システム」と呼称しています。パイロット訓練は従来のままでは立ち行かなくなる――そのような世界的な認識のなかで作られた新機軸を探ります。

新機軸が多数 アメリカ空軍の新型練習機

 2022年4月、ミズーリ州セントルイスのボーイングの施設で、アメリカ空軍の次期ジェット練習機T-7A「レッドホーク」の量産初号機がロールアウトしました。この機は、戦闘機パイロットの育成を大きく変える要素を秘めています。

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2022年4月にロールアウトしたT-7A「レッドホーク」の量産初号機(画像:ボーイング)。

 T-7Aは、現在アメリカ空軍が運用しているT-38「タロン」の後継機として、ボーイングとサーブにより開発されたもので、アメリカ空軍は2022年6月の時点で、351機の調達を計画しています。練習機としての新たな工夫には、次のような点が挙げられるでしょう。

・学生パイロットが座る前席に比べて、教官パイロットの座る後席の位置を少し高くして、教官が学生の様子や操作の状況を把握しやすいようにした「スタジアム・シーティング」。
・高迎角での戦闘訓練の機動に耐える設計の主翼。
・整備性を向上させるための横開きのキャノピーや、整備士が整備を行いやすいアクセスパネル。
・多くの工具を必要とせずに分解や組み立てが行える機体構造。
・訓練飛行を終えて着陸してから、次の訓練飛行のため離陸するまでの時間を短縮するAPU(補助動力装置)。

 ただ、筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は、こうした航空機としての特徴よりも、ボーイングがT-7Aを単なる練習機ではなく、「教育訓練システム」と呼んでいる点と、その拡張性の高さに注目すべきだと思っています。

あれもこれも「シミュレーター」で!

 自由主義陣営諸国の空軍では近年、戦闘機パイロットの訓練におけるシミュレーターの使用比率が増加の一途をたどっています。

 T-7Aもそのトレンドに乗る形で開発されていますが、飛行シミュレーターだけでなく、射出座席シミュレーターや、一部の操作を繰り返し訓練できるパートタスク・トレーナー、学生パイロットがタブレットなどを使用して計器の操作の習熟を高めるためのデバイスなど、従来の練習機よりも多くの地上訓練器材を使用しています。

地上訓練を増やしてコスト縮減…だけじゃない

 これらの地上訓練器材はT-7Aの実機と同じソフトウェアを使用しており、学生パイロットは従来の練習機の地上訓練機材に比べて、より実機に近い環境での訓練を受けることが可能となっています。

 また、360度の視界を確保した兵器システムシミュレーターも開発されており、基礎的な飛行訓練はもちろんのこと、空対空および空対地訓練やレーダー操作などの訓練も、地上で行える仕組みとなっています。

 シミュレーターの使用比率を高めて、実機による訓練を減らすことができれば、訓練コストを低減することもできます。ただ、5月に来日したボーイングの防衛宇宙・セキュリティ部門グローバルセールス&マーケティングのジョン・スーディング氏は、「アメリカ空軍は訓練コストの低減よりも、学生パイロットがより中身の濃い訓練を受けることで、訓練終了時に獲得している技量を、現在の水準より引き上げることを第一の目標としている」と述べています。

新型戦闘機への対応も容易に

戦闘機の訓練、今のままじゃダメ! 米空軍の新型練習機T-7A 「実機に乗らない」時代への工夫
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シミュレーターとしての機能も有している(ボーイングの映像より)。

 アメリカ空軍はF-35AとF-15EXの両戦闘機の配備と、新爆撃機B-21A「レイダー」、新戦闘機「NGAD」の開発を進めています。

 練習機については、1950年代に開発されたT-38では、グラスコックピットやGPS航法装置などが採用されたF-16やF-22などの訓練を十分に行えないと判断して、グラスコックピット化などを施したT-38Cへの改修を行いましたが、ハードウェアを入れ替えたこの改修に伴う費用は、小さなものではありませんでした。

 これに対しT-7Aは、大型液晶ディスプレイを使用するグラスコックピットを採用していますが、新型機が登場しても、ソフトウェアを更新するだけで容易にその航空機の訓練に最適化することができます。

パイロット訓練 今のままではダメ! 世界の潮流に日本は?

 航空自衛隊の次期戦闘機をはじめ、今後開発される戦闘機は、UAS(無人航空機システム)との協働が必須になると考えられています。現時点でアメリカ空軍はT-7AにUASとの協働を前提とする訓練機能を追加することを求めていませんが、T-7Aは設計や仕様を公開することで機能の追加を容易にする「オープン・アーキテクチャ」を採用しており、前に述べたスーディング氏は、UASだけでなく、将来開発される兵装やセンサーなどへの対応も、容易に行えるとの見解を示しています。

 2022年3月にロンドンで開催されたイベント「ミリタリー・フライト・トレーニング」に参加した各国空軍の幹部は、現状の訓練のあり方では戦闘機パイロットの育成は困難であり、変革が必要であるとの見解で一致しており、アメリカ空軍は「パイロット・トレーニング・ネクスト」という名称の改革計画を進めています。

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航空自衛隊のT-4練習機。運用開始から30年以上が経過している(画像:航空自衛隊)

 航空自衛隊のT-4練習機も、そろそろ後継機を検討しなければならない時期を迎えていますが、これまで述べてきたように、戦闘機や爆撃機のパイロット訓練のあり方は大きな変革期を迎えています。たとえばT-4をグラスコックピット化するといった小手先の対応では、変革から取り残されてしまうと筆者は思いますし、防衛省・航空自衛隊には大きなビジョンを持って、T-4の後継機の選定、さらに言えばパイロットの教育訓練のあり方の改革を進めて欲しいとも思います。

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