知床遊覧船の事故を受けた国の対策案が具体化してきました。船長の判断を優先するなど、海ならではの慣習を否定。
2022年6月10日に開催された「知床遊覧船事故対策検討委員会」第4回会合で、国土交通省は試験・講習制度を創設する案をまとめました。陸の「運行管理者」と同じ国土交通省による試験、国家資格の取得が必須となり、2年ごとの更新を義務付ける方向です。
沈没した知床遊覧船KAZUI(カズワン)(国土交通省の資料より)。
海上運送法に基づく小型船・不定期航路事業では、安全運航に関する制度は存在するものの、陸の運行管理と比較すると緩く、事業者の裁量に任されていました。
海にも陸と同様に、運航可否や船の航行を陸上から管理する「運航管理者」が定められていますが、運航管理者を選任する義務はあっても、管理者が運航をどのように管理するかは、実質的に各事業者が自主的に定めている状態でした。運航でいちばん重要な責任を担っているのは「船長」、という海独自の考え方があり、事業所全体で安全を確保する考え方はあっても、制度として確立していませんでした。
事故対策検討委員会は、この「シーマンシップに頼った性善説」(第1回の意見)が、安全に対する意識と責任の欠如を招いたと判断。資格試験を実施して運航管理者資格を得る試験を創設した上で、2年ごとの講習で更新する制度を対策案に盛り込むことにしました。
4月に発生した知床遊覧船事故では安全統括管理者である「知床遊覧船」の桂田精一社長が、安全関係業務経験3年と届け出ていたことも虚偽であることが判明。これを受け、安全統括管理者についても関係法令や海事知識など安全管理に必要な知識を問う試験を導入し、2年ごとの更新制をとる案を決めました。
管理者教育については現行制度で試験はなく、講習についても業界団体が団体の会員向けだけに行っていました。
今までも運航管理者は、船長とは別の視点で安全運航を考え、船長の判断を覆す指示ができるはずでした。しかし実際の現場には運航管理者のほかにも、そのサポートをする補助者や代行者が運航管理者の代わりとして存在し、役割や責任が分散していました。
検討委案では、補助者や代行者の選任を廃止。資格を持つ運航管理者に一元化し、安全管理の知識を持つ管理者だけが運航管理を担うように体制を明確化します。
また、船長が運航管理者の資格を得ることはできますが、乗船時間中の船長が運航管理者を兼ねる1人2役は禁止されます。乗船中の船長の責任は変わりませんが、陸から運航管理者が船長と協議して、船長の判断に別の視点を加えることで安全性をより引き上げる――これを制度として初めて明確にします。

海底で発見されたKAZUI(画像:海上保安庁)。
さらに上位の管理者である安全統括管理者は、運航管理者、船長を含めた安全管理を事業全体で担当します。運航の基本となる安全管理規定を順守するための経営判断を伴うため、主に事業者の経営層が担う役割ですが、これも十分に機能していませんでした。「知床遊覧船」では、安全管理の知識に乏しい社長が、歯止めとなる仕組みのないまま放任していたことが明らかになっています。検討委案では重要な規定の法令化を進め、運航管理の手順を具体化、記録を徹底させることを義務付けます。
また、管理者の資格試験や更新制度とは別に、経営トップの安全意識を向上させるため、陸の運行管理で効果を上げている「運輸安全マネジメント評価」を小型旅客船でも導入する案が浮上しています。
事業者が安全性向上のための計画を作成し、それを国が評価、さらなる改善計画へつなげる取り組みで、事業の継続も5年ごとに更新する制度を創設します。5年の間に法令違反などが判明した場合には許可期間を短縮、逆に優良事業者には審査の簡素化で対応。事業者全体の安全意識を引き上げます。

船舶の安全管理について国土交通省で検討が進む(中島みなみ撮影)。
検討委の一連の見直しは、陸の運行管理では日常的に実施されていますが、自主性に任されていた海の運航管理では、新たな人材、資格取得のためのコストが増加し、業界の反発も予想されます。しかし、「安全意識の底上げ」には不可欠という意見が大勢です。
検討委は第5回目の開催を6月24日に予定。7月に中間とりまとめを行った後、年内をめどに最終結論を出す予定です。