クルーズ船の巨大化と、世界的な温室効果ガス削減の動きが進む中、世界最大のLNG燃料船が竣工しました。ただ、すぐに世界最大の座は明け渡される見込み。
超大型の豪華クルーズ船も、ついに「LNG(液化天然ガス)燃料」の時代です。スイスの大手船社MSCグループのMSCクルーズが初めて導入するLNG燃料クルーズ船「MSC ワールドエウローパ」(21万5863総トン)が2022年10月25日、建造ヤードの仏アトランティーク造船所で引き渡されました。
MSCワールドエウローパ。世界最大のLNG燃料クルーズ船となる(画像:MSCクルーズジャパン)。
全長は約333mと東京タワーの高さに匹敵。幅は約47m、高さは約68mで、客室数2622室、乗客定員6762人となっています。船内にはバーやコーヒーショップ、ティーハウスなどに加えてクラフトビールの醸造所も置かれており、MSCクルーズでは同船を「洋上の近代都市」としてクルーズ業界の新しいスタンダードを確立することを目指しています。
「MSCワールドエウローパ」は世界最大のLNG燃料クルーズ船であるとともに、MSCクルーズの新ブランド「MSCワールドクラス」の1番船として大きな期待がかけられています。また、2番船でアメリカ市場向けとなる「MSCワールドアメリカ」もすでに起工しています。
「MSCワールドエウローパ」は、主機にLNGとMGO(マリンガスオイル)の両方を燃料として使用できる2元燃料(DF)機関「バルチラ46DFエンジン」を採用しました。LNG使用時は国際海事機関(IMO)の規制基準を全てクリアできるものの、MGOで航行する場合を考慮してNOx(窒素酸化物)排出を90%削減する選択的触媒還元(SCR)システムを搭載しています。
加えて、陸上から電力の供給を受けられる陸電機能も実装し、必要なインフラが整っている港では、接岸中にエンジンを停止し排ガスや騒音を低減できます。さらに世界初の試みとして、LNGを燃料に使用するSOFC(固体酸化物形燃料電池)を搭載、電気化学反応によって電気と熱を生成し、船内に供給します。
MSCクルーズは同船を、現代のクルーズ船における燃料電池技術の開発を加速させるためのテストベッドと位置付けており、将来的にはハイブリッド推進ソリューションの開発へとつなげていく考えです。
「世界最大」は1年3か月ほどで更新 マジでデカいLNG燃料船が出る!LNGは従来の舶用燃料と比較して、CO2(二酸化炭素)を最大25%、SOx(硫黄酸化物)や粒子状物質(PM)などの大気汚染物質の排出をほぼゼロにし、NOxを大幅に削減できます。このため近年は、自動車船や原油タンカー、バルカーなどでLNG燃料船が竣工しており、クルーズ船においては、MSC以外にも建造が進められています。
アメリカを拠点とするロイヤル・カリビアン・インターナショナルが2024 年1月の就航を予定している「アイコン・オブ・ザ・シーズ」も、燃料にLNGを採用します。同船の規模は25万800総トンで、乗客定員は乗務員も合わせると、最大9950人に上ります。世界最大のLNG燃料クルーズ船の称号は、「MSC World Europa」竣工から1年3か月ほどで「アイコン・オブ・ザ・シーズ」へと移る見込みです。
ほかにも、「飛鳥II」を運航する日本郵船グループの郵船クルーズがドイツの造船所マイヤーベルフトに発注した新造船(5万1950総トン)、米プリンセス・クルーズが伊フィンカンティエリに発注した新造船「サン・プリンセス」(17万5500総トン)なども、LNG燃料を使用するエンジンを搭載します。

アイコン・オブ・ザ・シーズのイメージ(画像:ロイヤル・カリビアン)。
日本の内航船に目を向ければ、商船三井グループのフェリーさんふらわあが、国内初のLNG燃料フェリー「さんふらわあ くれない/むらさき」(1万7300総トン)を2023年から投入することが決まっています。
ただ、LNGが舶用燃料として主流になるのかは難しいところがあります。
LNG燃料船が竣工していく一方で、さらなる低炭素燃料への転換を見越した動きも始まっており、各船社は、選択の余地を残しつつ新造船を発注しています。
2022年7月にMSCクルーズがフィンカンティエリに発注したクルーズ船のうち2隻は、LNG燃料エンジンと水素燃料電池の両方を搭載。液体水素タンクなどが船内に置かれ、客室やパブリックスペースなどクルーズ船の運航に必要な電力を生産し、港内では純粋に水素燃料電池のみでゼロエミッション航行をするとしています。
商船では既存のインフラが使用できるメタノール燃料の導入が増えており、英船級協会ロイド・レジスターも「初期市場導入」へと移行したと評価しています。2022年に入ってから、デンマークの海運大手APモラー・マースクやシンガポール船社のXプレスフィーダーズ、AALシッピングが合計26隻のメタノール燃料船を発注。対応するエンジンやボイラーの改良なども行われており、サプライチェーンも広がりつつあります。
エンジンメーカーである独MANエナジー・ソリューションズも、現在はLNG燃料DFエンジンを最も多く受注しているものの、数年後にはメタノール焚き機関がDFエンジン受注量全体の約30%を占めるようになると予想しています。ただし、船舶の発注数に比べてグリーンメタノールやバイオメタノールの供給量が十分ではなく、こちらもまだまだ課題が残っています。

日本郵船グループNYK Bulkship(シンガポール)が保有する新造ケミカルタンカー「グロース・サン」。同社3隻目のメタノール燃料船。重油も利用できる(画像:日本郵船)。
ノルウェーのケミカル船大手ストルト・ニールセンは、「海運業界は船種によって異なる燃料を選択することになる」という見解を示しており、次世代燃料は複数の燃料が並行して使われる可能性が高くなりそうです。