9つものバス事業者が競合する岡山市で、市が路線の運行経費などを負担する「公設民営」方式を導入し、バス路線網を再編します。岡山市を動かした大きなきっかけが、2018年に地元最大手のトップが実行した“荒技”でした。

バス9社が競合する岡山市の路線を「再編」 激安運賃は値上げへ

 岡山市がバス路線を再編し、採算性が厳しい路線の運行経費を市が負担する「公設民営」方式を導入します。市を動かした大きなきっかけが、バス路線の維持に危機感を募らせた岡山県のバス最大手、両備グループが2018年に傘下2社の県内バス路線の約4割の廃止届を提出する“荒技”を繰り出して投じた一石です。小嶋光信代表に再編への評価を聞きました。

「バス路線4割廃止する!」怒りの“荒技”を繰り出した結果 日...の画像はこちら >>

両備グループの「ドル箱路線」となっている両備バス西大寺本線(大塚圭一郎撮影)

 岡山市は地元の路線バス事業者と協議を重ね、市中心部を発着する利用者が多い「幹線」と、利用者が少なく採算性が厳しい郊外の「支線」に分類し、支線の運行経費の最大65%を市が負担する「公設民営」の採用で2024年に合意。2025年から本格的な“再編”が始まります。

 地方自治体が主体となり、事業者と連携してバス路線を大規模再編するのは日本では珍しい取り組みです。

 岡山市で路線バスを運行しているのは9事業者に上ります。岡山駅や天満屋バスセンターを発着する幹線は需要が大きいものの供給過多で、市中心部の初乗り運賃は大人100~120円と他の政令市と比べて安く設定していることが各社の収支を圧迫しています。

 そこで、市中心部の大半の路線が2025年10月に初乗り運賃を160円へ値上げ。併せて重複している路線の集約や、バスの間隔を一定にするダイヤ調整を目指します。

 一方、10エリア計17路線の支線は利用者が低迷し、本数も少ないのが課題です。対策として「公設民営」方式を採り入れるとともに、普通二種免許で運転できる小型車両を導入して大型バスより運行コストを下げます。

需要の掘り起こしに向けて本数の増加や路線開設を進め、手始めに八晃運輸がJR西日本の宇野線妹尾駅と山陽本線北長瀬駅と南北に結ぶ路線を2025年4月から走らせる予定です。

 今回の再編計画は2024~28年度の5年間にわたる「地域公共交通利便増進実施計画」の一環となり、総事業費は29億4000万円。うち岡山市が13億6000万円、国が12億3000億円、事業者が計3億5000万円をそれぞれ負担します。

「路線の4割“廃止届”提出」という荒技

 岡山市のバス路線再編の背景には、マイカーの普及による利用者減少に加え、小泉純一郎政権の規制緩和で2002年2月に施行された道路運送法改正によって、バス路線への参入や撤退が容易になったことによる競争激化があります。

「バス路線4割廃止する!」怒りの“荒技”を繰り出した結果 日本有数の“バス競合都市”どう変わる? 立役者に聞く
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八晃運輸が運行する「めぐりんバス」(大塚圭一郎撮影)

 岡山市で「めぐりんバス」の運行を2012年に始めた八晃運輸は17年、両備ホールディングス(HD)の岡山駅と西大寺バスセンターを結ぶ両備バス西大寺本線と競合する益野線の開設を中国運輸局に申請しました。運賃は全線乗っても大人250円と、「両備グループで一番のドル箱路線」(小嶋代表)の西大寺本線より約4割安く設定しました。

 小嶋代表は「過当競争に陥って西大寺本線の採算が悪化すれば赤字路線を維持できなくなる」と認可しないように要請。ところが認可され、2018年4月に走り始めました。

 反発した両備グループは2018年2月、両備HDと岡山電気軌道(岡電バス)の2社が岡山県内で運行する路線の約4割に当たる計31路線の廃止届を提出しました。

 小嶋代表は、かつて南海電気鉄道が廃止する方針だった貴志川線を引き継いだ和歌山電鉄(和歌山市)の社長も兼務し、三毛猫「たま」を駅長に起用する奇抜なアイデアで集客に成功して「地方公共交通の救世主」と称賛されていただけに、衝撃が走りました。

 もしも両備グループが31路線を全て廃止した場合、1日当たり約5500人に影響が出る計算でした。ただ、筆者(大塚圭一郎・共同通信社経済部次長)は当時、「廃止届は国や自治体に規制緩和の再考を迫るイエローカードで、廃止はしない」と確信していました。

効いた荒技 バス再編の評価は

 小嶋代表は両備グループ創立100年の2010年、真心の思いやりを意味する「忠恕(ちゅうじょ)」を経営理念に制定しています。忠恕の精神に則って地域住民の足を守りたいのが本音で、危機感が伝われば拳を降ろすと筆者は予想したのです。

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両備グループの小嶋光信代表(大塚圭一郎撮影)

 実際、当時の石井啓一国土交通相が「人口減少や高齢化が進む中、これは岡山に限らず、地域において必要な公共交通の維持を図っていくことは重要な課題です」と対策の必要性を明言したことなどを踏まえ、両備グループは2018年3月に廃止届を取り下げました。この“荒技”が契機となり、岡山市は路線バスの再編に乗り出しました。

 両備グループの小嶋代表は2025年1月、筆者が岡山市のバス再編について尋ねると「よくここまで踏み切ってくれたと正直言って感謝している」と評価。「2018年に31路線の廃止届を出して国に対して問題提起をしなかったら、今回のような形はなかったと思う」との見解を示しました。

 なお、荒技を繰り出すきっかけとなった八晃運輸の益野線は2024年10月末をもって運行を終えました。

 小嶋代表は「ここまで苦労したのだから、日本一の公共交通だと自負できるような地域を作りたい」と強調。モデルケースとなって「他の地域にも『こんなやり方があるんだ』と理解してもらえる」と期待します。

 一方、国土交通省によると2018年度に全国の路線バス事業者の約7割が赤字です。小嶋代表は「新型コロナウイルス禍を経てバス事業はさらに苦しくなり、このままでは約10年後に全国の40%の路線が廃止に追い込まれかねない」と警告します。

 小嶋代表は、対策として「道路運送法を改正し、事業者と利用者の両方が満足する需給最適化した内容に変えないといけない」と強調。

“地域の足”をできるだけ守るために「清水の舞台から飛び降りる覚悟で道路運送法改正を働きかけていく」と意気軒昂です。

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