兵庫県から岡山県の中国山地に分け入る158kmもの長大ローカル線「姫新線」は、一部区間が存続の危機に立っています。乗り通すと、みるみる本数は減り、列車は遅くなり……この“東西格差”に対して、自治体は珍しい手に打って出ました。
100円の収入を得るためにかかる費用を示す「営業係数」が、JR西日本で2番目に高い区間が「姫新線」にあります。この区間がある岡山県真庭市は路線存続に向けて“奇策”に打って出ました。5時間弱をかけて全線に乗ると、同じ路線でも“雲泥の差”と言っても過言ではないほどかけ離れた地域事情が見えてきました。
姫新線の津山~新見間で運用されているキハ120(大塚圭一郎撮影)
姫新線は姫路~新見の158.1kmを結び、「東西問題」と言えるほど東西で状況が大きく異なります。兵庫県側の姫路~播磨新宮間は人口が50万人を超えている姫路市への通勤通学客などの利用が堅調で、2023年度の平均通過人員が1日当たり7011人。これはJR西日本が「大量輸送という観点で鉄道の特性が十分に発揮できていない」と判断するボーダーラインの1日2000人を大きく上回る“合格点”です。
一方、岡山県側の中国勝山~新見間はわずか1日111人。2021~23年度の平均で営業係数は“4042円”と、芸備線の東城~備後落合間(1万1766円)に次いで2番目の高さです。芸備線のこの区間を含めた備中神代~備後庄原間を巡っては、改正地域公共交通活性化再生法に基づく全国初の「再構築協議会」が2024年3月に始まりました。存廃を含めた議論が進められる見通しです。
筆者(大塚圭一郎・共同通信社経済部次長)は2025年1月の祝日に「青春18きっぷ」を握りしめ、姫路午前6時55分発の播磨新宮行きに乗り込みました。車両はステンレス製ディーゼル車両キハ127系の2両編成。
兵庫県は速達性向上による利用促進と沿線地域活性化のため、2006~09年度のJR姫新線輸送改善事業の一環として、車両購入費の34億円を無利子でJR西日本に貸し付けました。JR西日本はキハ127と両運転台のキハ122を計19両導入し、国鉄時代に製造されたディーゼル車両キハ47を置き換えました。
改善事業では軌道改良や列車集中制御装置(CTC)の整備などに計45億円を投じ、うち計35億円を兵庫県と沿線市町が負担。兵庫県内の姫路~上月(こうづき)間の最高速度は85km/hから100km/hへ引き上げられ、平均所要時間は9分短い71分となりました。
サービスレベルが全然違う!「東西問題」を実感キハ127系は、併走する山陽本線と遜色がないほどスムーズに加速しました。播磨新宮までは都市圏鉄道の色彩が強く、中でも姫路から2駅先の余部(よべ)までは1時間にほぼ2~3往復しています。

姫路駅に停車中の姫新線キハ127。起点は50万人都市の高架駅だ(大塚圭一郎撮影)
播磨新宮で乗り換えたのはキハ122を連結した2両編成で、上月の1駅手前の佐用(さよ)行き。姫路~播磨新宮間に比べると利用者は少なくなります。さらに、ローカル線の雰囲気が一気に強まったのは、佐用で乗り込んだ8時32分発の津山行きキハ120(1両)でした。
上月~美作江見(みまさかえみ)間は1日9往復で、乗降客もまばらです。
津山に定刻の9時32分に到着すると、10時発の新見行きキハ120形(1両)に乗り換えました。20人余りを乗せて発車しましたが、地元客のほとんどは中国勝山にかけて順次下車。残った乗客のほとんどは前の列車から一緒だった旅行者でした。
中国勝山~新見間は休日・祝日には1日7往復しか走っていないため、特に利便性が劣り、沿線住民からは「マイカー移動ばかりで、鉄道に乗ろうと考えることがまずない」と聞きました。
地元自治体の“奇策”の狙いは?中国勝山からは保線作業員が添乗し、先頭の運転席の隣に立って線路の状態を確認していました。田畑を見下ろす丘陵部を縫うようにジグザグ進むため、制限速度25km/hのノロノロ運転の区間が続出します。

中国勝山~新見間には、制限速度25km/hの標識が(大塚圭一郎撮影)
隣駅の月田、新見の1駅手前の岩山は風情のある木造駅舎が残るなど途中駅は旅情を誘いますが、乗降客は全くいません。中国勝山と同じ顔ぶれの乗客のまま、終点の新見へ定刻の11時41分に滑り込みました。
姫新線が市内唯一の鉄道路線で、かつ同線で採算が最も厳しい区間を抱える真庭市は2024年7月、JR西日本の株式を約1億円分購入する“奇策”に出ました。JR西日本は保有株式100株当たり1個の議決権を与えており、3万株以上を保有して300個以上の議決権を持っていれば株主提案ができるため、真庭市は3万4000株を購入しました。
太田 昇市長は狙いについて「地方自治体の立場から地方路線を守る、そのために株主として意見を言う。
しかし、株式の保有比率はわずか約0.006%のため、株主提案は可能であっても、株主の賛成多数を得て可決されるのは容易ではありません。ある金融関係者は「自治体がJR西日本の少数株主になってもできることは極めて限られ、購入後に値下がりしたことも考えると間違った投資だった」と批判します。
JR西日本の長谷川一明社長は「株保有の有無にかかわらず沿線自治体は重要な利害関係者の一員であり、丁寧に対応する」と話しています。株主になった真庭市の出方も含めて、姫新線の今後の行方が注目されます。