自国に来港した艦艇を歓迎するため「礼砲」という空砲を撃つ習慣が世界の海軍にはあります。なぜわざわざ砲を撃つようになったのでしょうか。
新天皇の即位の礼や国の重要人物の国葬、海外からの国賓の来日などの際には、陸上自衛隊が祝砲や弔砲として、大砲から空砲を発射することが知られています。これと似たような行為は世界の海軍でも行われています。それが礼砲です。
海上自衛隊では、外国の艦船が日本に寄港する際と、海上自衛隊の船が他国の港に寄港する際に礼砲を発射することになっています。まずは前者、外国の艦船に対する礼砲を見てみましょう。
観音崎礼砲台から、礼砲を発射する海上自衛隊横須賀警備隊の隊員。5秒に1回というリズムを崩さずに、撃つため、日々訓練を重ねている(画像:海上自衛隊)
海上自衛隊が礼砲を行うのは、神奈川県横須賀市の先端に位置する観音崎と呼ばれる岬にある観音崎礼砲台です。
まず、外国の艦艇が東京湾を訪れた際に、相手国から正式な申し入れがあった場合は、この観音崎礼砲台が歓迎のために礼砲を実施します。ここは、東京湾の入り口にあたる浦賀水道が良く見える場所で、東京湾を出入りする船が一望できる場所でもあり、外国艦艇を歓迎するにはかなり適した立地となっています。
礼砲として使用されるのは3門の50口径3インチ単装砲です。この砲は海上自衛隊の草創期にアメリカ海軍から貸与されたフリゲートである「くす型護衛艦」から撤去されたものです。くす型は1970年代までに18隻すべてが退役していますが、1960年代にそのうちの3門が、この観音崎礼砲台に設置されました。
砲にはそれぞれ、31番砲、32番砲、33番砲と名称がついていますが、これは、十の位が砲の口径“3”インチのことで、一の位が砲の順番を表しています。ちなみにこれは、海上自衛隊独特の番号の付け方であり、艦艇の砲も同様の方法で番号が振られています。
礼砲を行う手順ですが、まず、観音崎の通信施設にいる隊員が、双眼鏡で東京湾入り口の浦賀水道に友好国の軍艦が入るところを確認。報告を受けた司令は、警備隊長へ「行え」の指示を出します。しかし、すぐに警備隊長は礼砲を発射しません。まずは相手の礼砲を聞き、それを聞き終えたら答礼(答砲)という形で、同数の礼砲を発射する形になります。この礼砲と答礼は、最大で21発ずつとなります。
答礼の発射開始と同時に、訪れた艦の軍艦旗を掲げ、32番砲を予備として31番砲と33番砲とで5秒に1発ずつ、礼砲を放っていきます。もちろん日本国旗を掲げることも忘れてはなりません。礼砲を撃ち終えたら、軍艦旗を下げて、これで両国の挨拶は終わりです。
自衛隊の艦艇で専用の礼砲をもっているのは1隻だけ!?逆に後者、海上自衛隊の船が他国の港に寄港する際は艦艇に搭載された礼砲が必要になります。

海上自衛隊の艦艇で唯一。
たとえば海上自衛隊の練習艦「かしま」は、毎年、幹部を目指す学生たちに船乗りの心得や「シーマンシップ」を学ばせるため、世界中を旅する練習航海に出ます。その際に各国の港に立ち寄り、共同訓練をしたり交流をしたりするのですが、その際にも礼砲の存在は欠かせません。
各地の港で、礼砲を実施するために、海上自衛隊では唯一「かしま」だけその甲板には礼砲用の小型砲が常に搭載されています。そのほかの護衛艦などには常設の礼砲は設置されていませんが、必要に応じて答砲が設置できるように、スペースだけ設けられている場合が多いようです。
ここまで礼砲の手順について説明してきましたが、そもそも、なぜこのような礼砲という儀式が始まったのでしょうか。
そもそもなぜ礼砲をするようになったのか…礼砲の起源は諸説ありますが、14世紀頃から行われていたというのが有力です。軍用帆船や武装商船に大砲が載せられるようになった頃には、既に欧州では礼砲のほか祝砲、弔砲などが習慣化していたといわれています。

マルタ砲台では古い作りの砲が礼砲として使われている(画像:敬礼砲台:バレッタ)
当時の艦砲は砲口から弾を込める前装式で、火薬も黒色火薬のため、発射完了するまで時間を要しました。それは、砲身内に弾が込めてなければすぐに戦闘態勢には移れないということで、沿岸砲台などに近づく前に装填済みだった実弾を撃ち尽くすことで、相手に敵意がないことを示し、沿岸砲台もこれに答え、軍艦1発の砲弾に対し3発の返礼を撃つことで、友好的な相手を迎えました。
当初、礼砲と祝砲は奇数、弔砲は偶数という大雑把な決まりがありましたが、明確に空砲を撃つ回数に意味を持たせ、国際習慣化させたのはイギリスでした。主な目的は、なんと経費節減です。
1660年に王政復古したイギリスは財政難だったため、それまでは装填済みの全ての大砲を発射する必要性があった礼砲を、最大21発までと定めました。当時の軍用帆船は砲の数が60~100門と多かったため、この決定は多くの実弾や火薬を節約することになりました。
そして、世界の海軍で礼砲や陸上行事での祝砲が習慣化すると、21発は一般的に「国家や国家元首」に捧げる礼砲の場合のみに行われるようになり、首相や国賓に対しては19発となります。閣僚などの政治家や軍の大将クラスの人に対しては17発、と数が減っていきます。なお、艦艇への礼砲に関しては、国を代表しての訪問が中心ですから21発が基本です。
現在では、各国が引退した大砲を再整備して儀礼用として使用している国が多く、また構造上実弾を発砲できない礼砲専用の大砲を使用している国もあります。