地中海の入り口にあるジブラルタルに、世界で唯一滑走路を車両や歩行者が横断しているという特殊な空港があります。なぜこのような奇抜なレイアウトとなっているのでしょうか。
世界ではパイロットにとって離着陸が非常に難しい危険な空港 といわれる空港がいくつか存在します。たとえば、切り立った山の中腹にあるブータンのパロ国際空港や、ヒマラヤ山脈にあり標高が高いうえに滑走路が短いネパールのテンジン・ヒラリー空港は特に有名ですが、地中海の入り口にある「ジブラルタル国際空港」の離着陸はその危険な空港のひとつに数えられます。
ジブラルタル空港に駐機する旅客機(画像:ジブラルタル自治政府)
とはいえ、先述の2例と比べると、ジブラルタル国際空港における離着陸の難易度自体は、それほど高くはありません。しかしそれ以上に、パイロットは非常に気を使わなければならない、やっかいな原因があるのです。なんとこの空港は、世界で唯一滑走路と公道が横断している という特殊な空港となっており、かつては一般車両が滑走路を横断していたときもあります。
なぜこのような空港ができてしまったのか、それはジブラルタルの歴史に大きく関係しています。
ジブラルタルは、ヨーロッパ大陸イベリア半島の南西の端に突き出した小さな半島です。この地は18世紀のスペイン継承戦争以降、イギリスの領土となっており、現在もヨーロッパに残るイギリス最後の海外領土といわれています。地続きであるスペインは、現在もその領有権を主張しており、イギリスとスペインのジブラルタルをめぐる領土争いは、現在も続いている中では、記録上もっとも古い領土問題だともいわれています。
ジブラルタルの領域は南北に5km、東西に1.2kmと細長いのが特徴です。さらに「ザ・ロック」と呼ばれる大きな岩が、ジブラルタルの領域のほとんどを占めているため、人が暮らせる平坦な土地は多くありません。しかし、この地は「地中海の鍵」と評されるほどに、軍事的には重要な地でもあります。
地中海の出入り口を見渡すことができ、さらには北アフリカや中東にまで手を伸ばしやすい立地は、過去何度も領土争いの中心となってきました。人々の生活には邪魔な「ザ・ロック」も難攻不落な要塞としてみれば、非常に優秀です。
事実イギリスは17世紀後半から18世紀序盤にかけてのナポレオン戦争や20世紀の第二次世界大戦で、フランス帝国やナチス・ドイツに大幅に劣勢になった時期でも、ジブラルタルのおかげで地中海に海軍の影響力を維持し続け、後の逆転に原動力のひとつとしています。そうした場所ですから、イギリスはこのジブラルタルを手放す気など毛頭なく、軍事的衝突に発展しそうなスペインと緊張関係が特にない現在でも、軍を駐留させて、周囲ににらみを利かせています。
空港の滑走路が公道を分断!そこで必要になるのが、イギリス国内とジブラルタルを素早く行き来するための軍民共用の飛行場でした。しかし前述したように平坦な土地はほとんどないというジブラルタルの地形が災いし、なんとか領域の一番北側に滑走路を設置したものの、そこを通っていたスペインとの国境につながる唯一の道路を分断する形になってしまいました。

ジブラルタル空港を利用する旅客機(画像:ジブラルタル自治政府)
そうなると生じるのが、市民の生活への影響です。耕作地などほとんどなく、食料自給率がゼロに近いジブラルタルは、生活物資などをスペインに多く依存しています。そこで、仕方なく、飛行機が離着陸しない時間は、滑走路を自動車や歩行者が横断してよいという特別ルールを設けた結果、現在のような奇妙な空港が誕生したのです。
2025年現在、ジブラルタル空港は国際線3社、6路線が運航しています。離着陸はおおむね、朝10時くらいから午後3時くらいまで。チャーター便なども含めると、1日におよそ10回前後の飛行機の離着陸が行われています。
ただ、飛行機の離着陸が近づくと道路には踏み切りのように遮断機が下りてきて通行が規制されます。複数の警備員も配置されて非常に物々しい雰囲気です。さらに、人々の往来があるものの、「滑走路」です。ゴミなどの異物が航空事故の引き金となる可能性もあります。そのためわざわざ専門のスタッフにより、滑走路上にゴミなどの異物がないかなどの確認が行われ、問題がなければ飛行機が離着陸を行う、という流れになっていました。
観光資源のためにこの状態は続く?加えて、ジブラルタル空港の滑走路には誘導路が一部にしかありません。そのため、 この道路が横切っている場所は、遮断機が下りているとはいえ、通行人のほぼ目の前を、飛行機が轟音を上げて、離着陸することになります。 その迫力はすさまじく、世界の飛行機好きが訪れてみたいと言われているスポットのひとつです。

ジブラルタル空港に駐機する旅客機(画像:ジブラルタル自治政府)
大きな問題がなく、離着陸がスムーズに終われば、すぐに遮断機は上がり、また通常の道路に戻ります。人々は滑走路の真ん中で写真を撮ったり、飛行機を眺めたりすることができますが、旅行者はともかく、地元住民は当然こうした光景に慣れきっています。
飛行機が離着陸するたびに交通を遮断するということは、交通量が多いときには、道路の大渋滞を招きます。
そのため、ジブラルタルでは滑走路を迂回するためのトンネルの建設の必要性が前々から訴えられていました。
このトンネルの具体的な計画は、2000年代の初頭から持ち上がっていましたが、予算の都合などで何度も頓挫しています。ようやく開通したのは2023年でした。
開通した現在は、一般車両が滑走路を横断することはなりました。また空港利用者も、スペインとの国境付近にあるバスセンターから出るバスに乗って、ジブラルタルの中心地を目指すと、滑走路を横断することなく、迂回路を通って市街地へと向かうことが可能になっています。
しかし、このバスは観光客にはあまり人気がないといわれています。なぜなら、みんなどうしても滑走路を通りたいからです。実際、この滑走路を横断する道路は、ジブラルタルの観光資源のひとつとなっており、これを目当てに全世界から観光客が訪れています。
そのため、迂回路が出来上がったら、閉鎖するつもりだった横断路ですが、同政府の発表によると、完成後も徒歩に限定して通行可能としているようです。
【動画】え、滑走路突っ切るの!? これが、クルマも横断していた噂の公道です