2000年代の欧州では大排気量エンジン&軽量コンパクトなボディからなるホットハッチがブームとなっていました。その波に乗るように2006年にトヨタがリリースしたのが3.5リッターV6エンジンを積む「ブレイドマスター」でした。

小さな車体に大きなエンジン 鉄板の組み合わせで誕生したトヨタ車

 アメリカのHOTROD(ホットロッド)を例に出すまでもなく、速いマシンを作るのであれば、小さな車体にパワフルな大排気量エンジンを組み合わせるのが定石でしょう。

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トヨタ「ブレイド」シリーズのトップグレード「ブレイドマスター」。2GR-FE型3.5リッターV6DOHCエンジンを搭載したことから、デビュー時はホットハッチかと思われたが、トヨタとしては違うコンセプトだったようだ(画像:トヨタ)。

 かつての日本は排気量2リッターを超えると高額な自動車税が課せられていたことから、こうしたクルマは国産車では少数派ですが、ヨーロッパでは古くはフォード「カプリ」やMG「MG-B GT V8」にはじまり、近年でもアルファロメオ「147GTA」やBMW「140i」などが存在するほど、定番のモデルラインナップとなっています。

 このように、世界的には人気の大排気量エンジンを積んだ小型車を、いまから20年ほど前にトヨタがリリースしていました。「ブレイド」と名付けられたこのクルマ2006年12月の発売で、ほぼ同時期に発表された姉妹車の初代「オーリス」のプラットフォームを流用したCセグメント・FFハッチバック車として開発されました。

 駆動方式はそのままにパワーユニットは、姉妹車よりも排気量の大きい2AZ-FE型2.4リッター直列4気筒DOHCガソリンエンジンを搭載。またトップグレードの「ブレイドマスター」には、それでも役者が不足しているとして「アルファード」にも搭載される2GR-FE型3.5リッターV型6気筒DOHCガソリンエンジンが与えられています。

 これにより、「ブレイドマスター」の最高出力は自然吸気エンジンながら280ps/6000rpmにも達し、最大トルクは35.1kg-m/4700rpmという驚異的な動力性能を誇りました。なお、重量1480kgの車体には過剰とも言える動力性能で、「ブレイドマスター」のアクセルを一度踏み込めば、強烈なGとともにロケットのような加速を見せ、0-100km/h加速は5.8秒、ゼロヨン10秒台という恐るべき加速力を発揮します。

 一種の「怪物マシーン」といえる「ブレイドマスター」を開発するにあたり、トヨタがベンチマークとしたのが2002年にフォルクスワーゲンが発表した「ゴルフR32」です。

開発のベンチマークはドイツの高性能ホットハッチ

「ゴルフ」シリーズには初代モデルからホットハッチの「GTI」がありましたが、4代目「ゴルフ」に設定された「R32」はその血統を色濃く受け継ぎつつ、アウディ「TT」のメカニズムを随所に流用。

Cセグメントハッチバックとしては排気量の大きな3.2リッターの狭角V型6気筒SOHCエンジンを搭載し、250psの出力を受け止めるため、駆動方式はFFからオンデマンドタイプの4WDに変更されています。

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トヨタ「ブレイドマスター」が開発時のベンチマークとしたフォルクスワーゲン「ゴルフR32」。ホットハッチとして見ると「ブレイドマスター」はお手本としたクルマの足元にも及ばない完成度であった(画像:トヨタ)。

 当然足回りとブレーキは強化されており、R32専用のバンパーとサイドスカート、リアスポイラー、18インチのOZ Aristoアルミホイールなどの専用装備が与えられました。

 日本には2003年1月に3ドアモデルが300台限定で輸入され、同年5月に5ドアモデルが追加輸入されています。ちなみに、日本に正規輸入された「R32」は全車右ハンドルで、ギアボックスは6速MTでした。

 なお、当初フォルクスワーゲンは「R32」を4代目ゴルフだけの限定生産に終わらせる予定でしたが、北米だけで5000台も売り上げたことから、次の5代目ではカタログモデルとし、6代目からは「ゴルフR」と名称を変更したうえで、現在も販売を継続しています。

 このような「ゴルフR32」に倣う形で誕生した「ブレイドマスター」でしたが、5年半におよぶ生産期間中にラインオフした台数は2900台(ベースとなった「ブレイド」は4万7572台)と販売はまるで振るわず、1代限りでトヨタのラインナップから消滅しました。

 それというのも、このクルマが登場した2006年は、経済の長期低迷により国内市場が走行性能や出力よりも燃費や実用性へと完全にシフトした時期であり、ユーザーから「ブレイド」シリーズは「車体が小さいのに無駄に排気量が大きく、燃費が悪いクルマ」との烙印を押されてしまった結果でした。

足回りはフニャフニャ、ブレーキはプアな典型的「直線番長」

 もちろん、どんな時代にもクルマにスポーティな味付けや走行性能を求めるクルマ好きはいるものですが、そのような彼らの心にも「ブレイドマスター」はまったく刺さりませんでした。

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トヨタ「ブレイドマスター」のリアビュー。「ブレイド」のエクステリアと比べると、意匠の違いはタイヤ&ホイールのサイズとラジエターグリルなど細部のみ(画像:トヨタ)。

 このクルマは「ゴルフR32」のような高性能なV6エンジンを搭載したにもかかわらず、シャシーや足回り、ブレーキは充分に強化されることがなかったのです。そのため、峠を攻めればフロントヘビーでドアンダーとなり、コーナーリング性能は低く、ストッピングパワーは不足していました。

 すなわち、典型的な「直線番長」。峠やサーキットでは危なくてアクセルを踏めないクルマだったのです。しかも「ブレイドマスター」には、運転する楽しみがあるMTの設定がありませんでした。これではスポーツ派のユーザーに選ばれるはずもありません。

 トヨタは「ブレイド」シリーズの開発コンエプトを「上位車種から乗り換える中高年のための小さな高級車を目指した」と発表しています。にもかかわらず、「ゴルフR32」に倣った「ブレイドマスター」を設定したことには、コンセプトのチグハグさを感じます。

 おそらくはプレミアムコンパクトとしての「ブレイド」だけでは市場が小さいので、スポーツ派のユーザーを取り込むべく、当時ヨーロッパで流行っていた大排気量&小型ボディのホットハッチモデルを追加して販売台数の底上げを図ろうとしたのでしょう。こうしてラインナップされたのが「ブレイドマスター」だったと思われます。

 しかし、欧州のライバルとは異なり、開発の手間もコストも十分にかけていないことで、カタログ数値だけを飾る “似非ホットハッチ” になってしまったわけです。そんな「仏作って魂込めず」なトヨタの姿勢がユーザーに見透かされた結果、「ブレイドマスター」の販売は低迷します。

 こうして考えると、「ブレイドマスター」の失敗はまさに必然だったと言えるのではないでしょうか。

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