自衛隊には、実は隊員の入浴習慣に応えるため陸上自衛隊には専用の装備があります。どのようなもので、どういった経歴があるのでしょうか。

自衛隊には野外で風呂を焚ける装備がある!?

 日本人のお風呂好きはよく知られています。毎日のように風呂に入る習慣が出来たのは都市部では江戸時代中期以降、全国的には戦後にガスインフラが普及して以降と言われています。このお風呂へのこだわりが見られる装備は、実は陸上自衛隊にも存在します。「野外入浴セット」があるのです。

自衛隊には実は「走る銭湯」がある!? 「街の銭湯レベルじゃん...の画像はこちら >>

野外入浴セット用の釜(画像:パブリックドメイン)

 この野外入浴セット、一言でいえば「走る銭湯」とも言えるもので、3t半大型トラックに組み立て式の浴槽、シャワーセット、10tの水が貯められるタンク、浴室と脱衣所用のテント、かごや風呂桶など、簡易的な銭湯の道具一式が詰め込まれています。

 お湯を沸かすボイラー車と一緒に行動することで、少し広めの場所があれば、どこにでも浴場をつくることができるというわけです。現在主流になっている野外入浴セット2型は、約45分でお湯が沸き、一日におよそ1200人が入浴可能とされています。しかも、一度に約30人まで入浴できるというビッグサイズ。町の銭湯ですと中規模くらいのサイズはあります。

 この野外入浴セットが陸上自衛隊へ導入されたきっかけは諸説ありますが、1985年に起こったJAL(日本航空)123便墜落事故に対する災害派遣のときのことだといわれています。

 この事故で123便は群馬県と長野県の県境にある御巣鷹の尾根に墜落しました。事故が起きた当時はまともな登山道も整備されていない山で、救助活動に向かった自衛隊員は、獣道のようなところを登って事故現場に向かいました。

 泥にまみれながら、疲労した顔を見せず活動する自衛隊員たちの姿に、ある会社から簡易的な風呂の試作品を試してもらいたいという申し出がありました。

 そこで初めて、試作型の野外入浴セットが組み立てられたといいます。山中の救助作業で泥だらけになり疲れ果てた隊員たちは、簡易的ではあったものの、この風呂に癒され非常に士気が上がったといいます。

災害派遣でもその性能を発揮!!

 以降、この野外入浴セットは、自衛隊で導入されて、自衛隊の活動には欠かせない装備となりました。

自衛隊には実は「走る銭湯」がある!? 「街の銭湯レベルじゃん!」その圧巻の設備とは
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シンプルな第11後方支援隊の「さっぽろ藻岩の湯」。贈に描かれた「えぞまつ友の会」は、第11旅団(師団)のOBなどで作られた会(画像:陸上自衛隊)

 この装備は世界的にみると非常に珍しいものであることがわかります。世界各国の軍隊で簡易的な移動式シャワールームを装備している国はいくつかあります。また、北欧国家の軍隊では組み立て式のサウナやサウナ専用車両を持ち込むケースもありますが、大量のお湯を使い、任地で風呂を沸かそうと考える国は日本以外にはないようです。

 しかし、日本人にとって入浴は、食事と同じくらいに大事な生活の一部であることは確かです。実際、入浴により部隊の士気は大きく上がるといいますから、自衛隊にはなくてはならない装備なのです。

 ではこの野外入浴セット、いったいどのような部隊が運用しているのでしょうか。これは各地にある補給大隊や後方支援連隊補給隊、後方支援隊補給 中隊、需品教導隊など需品科の部隊によって運用されています。

彼らは、前線部隊が長期間の訓練を行う場合など後方で、食事や入浴などの支援を行いますが、そのひとつに野外入浴セットが用いられているのです。

 もちろんこの野外入浴セット、自衛隊員が入るだけではありません。大規模災害などの災害派遣時にはいち早く派遣され、家を失った、あるいは自宅は残ったものの、ライフラインが止まり入浴できる環境にない被災者のための仮設風呂としても利用されています。

 災害派遣の際、各部隊の風呂には被災者の心を和らげるためのものが掲げられます。「暖簾(のれん)」です。大規模災害などの際には、被災者は気分が沈みがちになることも多く、少しでも気分を明るくしてもらおうと風呂の入り口に鮮やかなカラーの暖簾を掲げ、そこにその部隊の故郷などにちなんだ名前を付け、スーパー銭湯や温泉に訪れたような気持ちを演出します。そして、驚いたことに、このような暖簾は、隊員たちのポケットマネーで作られています。

 現在、北は北海道旭川から南は沖縄の宮古島や石垣島まで、この野外入浴セットを装備している部隊は25個あります。そのなかから特徴的な名前と暖簾を持つ部隊をいくつか紹介しましょう。

 練馬駐屯地に在籍する第1後方支援連隊補給隊は「練馬の湯」、松戸駐屯地の需品教導隊は「松戸の湯」。ひねりも何もありませんがシンプルでわかりやすい名前です。

 仙台駐屯地の第102補給大隊は「伊達の湯」、広島海田市駐屯地の第13後方支援補給中隊は「もみじ湯」、対馬駐屯地の対馬警備隊後方支援隊補給小隊は「やまねこの湯」、このあたりは地元の有名なものをピックアップしたタイプといえます。

 方言を活用している部隊もあります。那覇駐屯地の第15後方支援隊補給中隊は、かつて「ちむぐくるの湯」と称していましたが、最近は「美(ちゅ)ら島の湯」の暖簾を掲げているようです。ちむぐくる(琉球方言でおもてなしの意味)や美ら島(琉球方言で美しい島の意味)など、土地の言葉を使った名前が特徴となっています。

 また、男湯、女湯で異なる名前を使うこだわりを見せる部隊もあります、福岡駐屯地の第4後方支援連隊補給隊です。この部隊では、男湯は「博多山笠湯」、女湯は「博多美人湯」となっています。

 ほかにも「六甲の湯」「大雪の湯」「弘法の湯」「火の国の湯」など様々な名前を掲げる野外入浴セットを持った部隊があります。彼らは、その名に地元愛と誇りを持ち、前線で戦う部隊を支援しながら、被災地に癒しを届けているのです。

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