日本の自動車には、開発の段階から「女性を意識した」モデルが少なくありません。そうした女性向けモデルの歴史は60年以上と非常に古く、女性の社会進出が進むにつれて支持が広まっていきました。
【本格クロカンなのに2輪駆動!?】これが前代未聞の「女性向けジムニー」です(写真で見る)
日本車で初めての「女性向けモデル」とされるのは、1961年に日産の中型セダンだった初代「ダットサン・ブルーバード」シリーズに追加された「ファンシーデラックス」です。当時は“クルマの運転=男”という価値観がまだまだ一般的でした。
ボディカラーにはピンクやレモンクリーム系のバリエーションを用意し、内装色もこれに調和したものになっていました。また、専用品として化粧ポーチ内蔵の助手席サンバイザーや、リアシート上部のコートハンガー、ダッシュボードサイドのハイヒールスタンド、一輪挿しなど、30点以上もの特別装備を採用。なかには、作動音がオルゴール音となっているウインカーなど、非常にユニークなものもありました。
ただし、前述のように1960年代当時はまだまだ「男は外で稼ぐ・女は家庭を守る」という価値観の時代。ファンシーデラックスの主なユーザーは、女性の会社経営者、芸能人、裕福な家庭の婦人といったセレブ層であり、全体的な生産台数はそう多くなかったようです。その後、女性向けモデルの歴史には20年ほどの空白が生じます。
「2人乗りオープンスポーツ」の名作も女性向けだった!女性ドライバーも増加し、一般的になりつつあった1981年、トヨタは小型ハッチバックの「ターセル」と「コルサ」に、女性仕様車の「ソフィア」を追加。刺しゅう入りのシートや助手席バニティミラー、大型ドアポケットなどを装備していました。また、大衆車の「カローラ」や「スプリンター」にもそれぞれ「ライム」「リセ」などの女性向けグレードを設定し、女性シェアの拡大に取り組みました。
1979年リリースの初代スズキ「アルト」は当初より女性ユーザーを強く意識して開発(松田義人撮影)
さらに、女性ドライバーの増加が顕著だったのが軽自動車のマーケットです。三菱は1982年、軽2ボックスセダンの「ミニカ エコノ」に「マリエ」という女性向けグレードを設定。インテリアはベージュと紫がかったピンクを基調とした、専用のコーディネートとなっていました。マリエは好評を博したようで、1984年のフルモデルチェンジ以降も続投しています。
一方、1979年に初代「アルト」をヒットさせ、多くの女性ユーザーを獲得したスズキも黙っていませんでした。1984年には、女性ユーザーの声をさらに強く反映した2代目アルトを発売します。この2代目アルトは、スカート姿の女性ドライバーが足を揃えたまま乗り降りできる「運転席回転シート」を初装備して話題に。またテレビCMに歌手の小林麻美を起用するとともに、彼女をモチーフにした特別仕様車「麻美スペシャル」もラインナップしました。
こうした女性向けモデルは、あくまでも“扱いやすさ”を訴求したものでしたが、1980年代の終わりには、さらに進んだ考え方のクルマの企画も進行します。それは意外なことに、1989年登場のマツダ「ユーノス・ロードスター」でした。初代ロードスターの開発コンセプトは「アメリカの若い女性が通勤や買い物で使うコミューター」だったと言われています。
当時の日本では考えられないことですが、実はアメリカでは1970年代より、トヨタ「セリカ」やマツダ「サバンナRX-7」など、日本ではスポーツカーと考えられていたモデルが若い女性に人気を博していました。
さすがに、一般的な女性ドライバーがロードスターを選択するのはハードルが高すぎたようですが、言い換えれば日本における女性向けモデルは、依然として軽自動車やコンパクトカーが中心でした。しかし、2000年にはなかでも異色な女性向けモデルが登場します。それがスズキの「ジムニーL」です。

2002年登場のスズキ「アルトラパン」。当初は女性向けだったものの、結果的には性別問わず支持を獲得(画像:スズキ)
ジムニーと言えば、良くも悪くも“男らしい”タフな軽4WDクロカンとして有名ですが、ジムニーLはなんと2WDで、ズバリ「街乗りを気軽に楽しみたい女性」を狙ったものでした。ですが、そもそもジムニーを選ぶようなアクティブな女性にとっては物足りず、そうでない女性にとっては硬い乗り心地や高い車高が不便でした。結果、ジムニーLはすぐに姿を消しています。
そんな失敗も頭にあったのか、スズキは2002年、女性向けモデルとしては空前の大ヒット作となった「アルトラパン」をリリースします。ラパンは「身近な雑貨や家具のような愛着の持てる道具」をテーマに企画を立案。デザインは現行の3代目まで、一貫して「かわいさ」を追求し、今では女性のみならず、男性ユーザーからも好まれるロングセラーに成長しました。
また、2004年にはトヨタ「パッソ」、ダイハツ「ブーン」が登場。
さらに、2009年にはダイハツ「ミラココア」がデビュー。リリース時の発表によれば、ターゲットは「自分の感性・感覚でモノ選びを行い、毎日を肩肘張らずに楽しむ女性」で、ライバルのラパンと比べても、さらに“かわいさ”を重視していました。
ミラココアのコンセプトは2016年、「ムーヴキャンパス」へと発展します。ボディスタイルはスライドドアを備えたハイトワゴンへと進化し、扱いやすさはいっそう向上。今日までロングヒットを続けています。
一方、ダイハツは2018年にココアの後継車「ミラトコット」も発売しましたが、こちらはヒットには至らず、5年ほどで生産終了になりました。トコットは従来までの女性向けモデル同様、かわいらしいスタイルやカラーリングが売りでしたが、こうしたモデル開発はもはや、実際の女性ユーザー像と乖離しているのかもしれません。
日本車でメーカーが公式に明言する「女性向けモデル」は、実質的には現在のところトコットが最後となっています。これはあくまでも筆者個人の意見ですが、ジェンダーレス化が進み、かつてのように女性のニーズを“紋切り型”で図ることができなくなった今では、ことさらに“女性向け”をうたうモデルはもう出てこないのではないかと思います。