函館本線「海線」は貨物鉄道として存続

「北海道新幹線札幌延伸に伴う鉄道物流のあり方に関する有識者検討会議」中間とりまとめ概要が2025年9月3日に発表されました。これは、北海道新幹線の新函館北斗-札幌間が開業すると、函館本線「函館ー長万部」(通称「海線」)は並行在来線となり、特急列車も走らなくなり採算性が悪化するのでJR北海道から経営が分離される――その影響と扱いを検討した中間報告です。

【え…!】これが「函館本線で運ばれる貨物量」です(地図/写真)

 海線のローカル旅客は協議中で2025年度内に結論を出すとなっていますが、貨物列車の幹線であるため、検討の結果、鉄道貨物を存続させるとなりました。以下のような理由が挙げられました。

 日本の食糧は北海道の恵みに支えられていて、鉄道貨物は農産品輸送の34%を担っています。海線は全国の2割に相当する年間約363万トンものコンテナ輸送がある北海道と本州を結ぶ唯一の鉄道貨物線で大動脈です。トラックドライバーや船員不足の状況もあり、鉄道を廃止してしまうと船舶・トラックでは運びきれないし、船舶・トラックの代替手段もなくなるので冗長性もなくなるし、運賃が高騰する恐れもあります。

 また、5t鉄道コンテナが荷主のニーズに合っており、海線の鉄道貨物が消えるとJR貨物の2割相当の貨物が消え、貨物列車の線路使用料を頼りにしている全国の並行在来線にも大きなインパクトが出る、というものでした。

28年前に「存続」確認済み

 この鉄道貨物の存続、実は28年前に確認されています。1997年の衆議院運輸委員会「全国新幹線鉄道整備法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」にて、「国においても、将来JR貨物の輸送ネットワークが寸断されないよう、万全の措置を講ずる」とされています。海線はまさにこれに当たります。

 さらに前述の検討会議がスタートする前、2023年より開かれていた「北海道新幹線札幌延伸に伴う鉄道物流のあり方に関する情報連絡会」でも同様な結論が出ています。つまり、中間報告の内容は28年前に「万全の措置を講ずる」とされていたものが再々確認されたにすぎません。

肝心な事は検討していない?

 28年前に鉄道貨物の存続が決まっているなら、あとは粛々と進めるだけと思いがちですが、課題が5つ挙げられており、これをどうするのかは、まだ検討されていません。

函館本線「海線」は誰のもの? 物流の大幹線が「単なるローカル...の画像はこちら >>

海線は貨物列車の大幹線(画像:PIXTA)

 まず、誰がJR北海道から貨物鉄道を引き継ぐのか。JR貨物、道南いさりび鉄道、あるいは新たな会社を設立するのかは、これから検討です。

 このほか、年間数十億円と見込まれる維持費用の負担は誰が負担するのか。要員はどう確保するのか。青函トンネルは貨物列車と新幹線が共用するので、新幹線は160km/hに制限されていますがこれをどうするのか。JR貨物のサービスレベルは今のままで良いのか――などが未検討です。

 食糧安全保障・物価の安定(輸送費用や冗長性)・経済の安定・環境問題という国家的問題・国の全体最適を考えるとなると、北海道だけの問題ではなくなります。中間取りまとめでも「国も含めた役割分担のあり方を考えるべきである」としています。

「貨物は存続」その恩恵を受けるのは?

 北海道新幹線の新函館北斗-札幌間には、国鉄民営化から派生した整備新幹線・並行在来線のスキームが適用されます。日本の鉄道は、旅客鉄道の採算性が高く貨物鉄道が低いとされてきたため、スキームの前提は旅客収益を鉄路存続の主軸にしており、並行在来線は地域旅客輸送の主な受益者である地方自治体が引き受けるルールになっています。

 ところが今回の海線では、地域旅客輸送の存続は未確定で仮に廃止となれば、貨物専用鉄道になるかもしれないという想定外の状況です。鉄道貨物の受益者は沿線地区ではなく生産地の道央・道東と、消費地の首都圏・関西圏などになります。

並行在来線だから沿線自治体に負担を求めるというのは無理があるでしょう。

 一方、北海道のインフラ整備には巨大な予算が存在します。北海道開発局関係の2025年度予算は、総額で6794億円に達し、主な目的は「生産空間の維持・発展による食料安全保障及び観光立国の一層の強化」や「物流の強化」であり、海線が担う機能と一致しています。この予算は、道路、治水、港湾、空港などに配分されています。国家的戦略目標に資するインフラ投資として、国費が直接投じられているのです。

物流の大動脈が「地域の鉄道」扱いになってしまうワケ

 海線は、本州と北海道を結ぶ唯一の在来線であり、日本の食料安全保障と物流網を支える大動脈としての国家的機能を担っています。国家的な食料安全保障と物流網強化を謳い、道路に1904億円が投じられる一方で、海線の数十億円規模の維持費は地元自治体の負担能力を超えると判断され、問題になっているのです。

 この二つの政策は、いずれも国土交通省が立案・管轄していますが異なる法的枠組みと財政スキームの中で運用されています。その結果、国全体の戦略的な物流動脈が、JR民営化という過去の政策遺産によって、単なる「地元の鉄道」として扱われ、地元自治体に財政的な責任が押し付けられます。

 開発予算が「未来への投資」に焦点を当てる一方で、在来線の維持は「過去からの負債」と見なされ、両者の間で合理的な連携が生まれていません。また、国全体ではトラックドライバーの人員不足が深刻化しているにもかかわらず、労働生産性が高い鉄道への投資は不足し、道路に巨額な予算が投入され続けています。

 海線の問題は単なる地域交通の存廃を超えた、日本の国家インフラ政策における構造的な矛盾を象徴しています。

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