「うるさい」「怖い」を改善したかった

 昨今、駅の発車音というとメロディを思い浮かべることが多いでしょう。しかし、かつては「ジリリリ」というベルが主流でした。

それが、なぜメロディに変わったのでしょうか。背景には「騒音問題」のほか、著作権料を自治体が負担する“仕組み”がありました。

使われなくなった無人駅のアナウンス用電話

 ひと昔前、駅の発車合図は、ベルやブザーが主流でした。これは乗客に「ドアが閉まる」という危険を知らせ、定時運行を確保するための「警告音」としての役割が第一だったからです。

 しかし、1980年代後半になると、ラッシュ時などに鳴り響く甲高い音が「騒音問題」として社会的に注目され始めます。その結果、乗客に焦りや不快感を与えるベルの音を、もっと快適なものにできないかという機運が高まっていきました。

 この「不快感の解消」と「乗車促進」を両立させる目的で、鉄道会社はメロディの導入に踏み切ります。なお、近代的な発車メロディの始まりは1971年で、京阪電鉄の淀屋橋駅が元祖とされています。

 JRグループで見ると、1988年11月に仙台駅の仙石線ホームで「青葉城恋唄」が使われたのが最初期とされます。その後、JR東日本が本格的に導入を進め、1989年3月11日に新宿駅と渋谷駅で使用を開始しました。

 このとき、ヤマハや音響デザイン会社の「スイッチ」などによって、「Water Crown」や「Gota del Viento」といった、駅の環境音のなかでも遠くまで聞こえ、かつ複数のメロディが重なっても不協和音にならないように専門的に作られたオリジナル曲が多数誕生しています。

 また、当初は汎用的なメロディが主流でしたが、やがて駅ごとに異なる曲も使われ始めます。

「J-POP化」のウラ側と自治体の“おカネ”

 汎用メロディが普及すると、今度は自治体や地元の商店街から「駅の個性を出したい」「町おこしにつなげたい」というニーズが高まります。こうして「ご当地メロディ」が誕生しました。

駅の「発車メロディ」J-POPだらけになったワケ「発車ベルど...の画像はこちら >>

発車ベルスイッチを押すイメージ(画像:写真AC)

 首都圏で最初のご当地メロディとされるのは、1997年に導入されたJR蒲田駅の『蒲田行進曲』です。ほかにも、高田馬場駅の『鉄腕アトム』や、舞浜駅のディズニーソングなど、その土地にゆかりのある曲が「駅の顔」として採用され、地域のPRに貢献しました。

 近年では、このご当地メロディの定義が拡大し、「その土地出身のアーティストの曲」がJ-POPを中心に採用されるケースが急増しています。

 J-POPのヒット曲は、幅広い世代の乗客に「あ、あの曲だ」という安心感や癒やしを与え、鉄道会社のイメージアップにつながります。

 しかし、J-POPの採用には「著作権料(JASRACなどへの使用料)」という最大のハードルがありました。この問題を解決したのが、費用を鉄道会社ではなく「導入を希望する自治体や団体が負担する」というスキームです。

 たとえば、小田急 海老名駅で流れる、いきものがかりの楽曲は、地元の要望を受け実現しました。また、JR神田駅のように、アース製薬が『モンダミンのうた』の費用を負担するといった企業コラボの例もあります。

 過去には東武東上線の5駅で、地元出身のアーティスト「KeyTALK」の楽曲が期間限定で使用されたこともありました。

 このようなスキームの誕生により、鉄道会社はコストを負担せずにイメージアップを図れるようになり、J-POPメロディ導入のハードルが一気に下がったのです。

「J-POP化」のウラ側と自治体の“おカネ”

 こうしたメロディは、乗客にとってもメリットがあります。メロディの「終わり」が予測できるため、「いつ閉まるかわからない」というブザー特有の不安が減り、駆け込み乗車が減る可能性も指摘されています。

駅の「発車メロディ」J-POPだらけになったワケ「発車ベルどこ行った?」ただ今後また変わる可能性も
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JR東日本の多くの駅で使用されている発車ベルスイッチ(画像:写真AC)

 発車ベルは、「安全・定時」という機能的な役割から始まりました。それがメロディ化によって「快適性」をまとい、ご当地メロディで「地域の顔」となり、そしてJ-POP化によって「費用負担とイメージ戦略」という新たな段階に進化したといえるでしょう。

 ただし、この流れには課題もあります。発車メロディはわずか7秒から10秒程度で、曲として認識させつつ発車合図として機能させる、高度な編曲技術が求められます。

 さらに大きな問題が、JR東日本が山手線や京浜東北線などで進める「ワンマン運転」化です。コスト削減のために運転士が操作する路線統一メロディに変更される傾向があり、長年親しまれたご当地メロディが廃止される懸念も出ています。

 今後は、「町おこし」としてメロディ継続を願う地域と、コスト削減を進めたい鉄道会社とのあいだで調整が難航する、もっというと鉄道会社は発車メロディを廃止したいのに、地元は反発し継続を求める、そういったケースも出てくるかもしれません。

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