軽乗用BEVの“戦国時代”がスタート?

 軽乗用BEV(バッテリー式電気自動車)の市場は、これまで日産「サクラ」と、その兄弟車である三菱「ekクロスEV」の独擅場でした。しかし、2025年秋にホンダが「N-ONE e:」を発売し、さらに10月末には中国のBYDも「RACCO(ラッコ)」という新モデルをお披露目しました。

来年2026年も、軽乗用BEVを巡る各社の競争は激化していきそうです。

【ド迫力の見た目!】これがホンダN-ONEの「メッチャ速そうなEV版」です(写真で見る)

 まずホンダのN-ONE e:は、一充電あたりの航続距離(WLTCモード)で、サクラ/ekクロスEVの180kmを大きく超える295kmを実現しました。数値上では300kmに迫る航続距離により、ご近所でのチョイ乗りだけでなく、ちょっとしたドライブにも使いやすい軽BEVとなっています。

 またホンダはN-ONE e:の発売とともに、家庭用普通充電器(6kW)を純正アクセサリーとして初めて発売。販売店で取付工事の申込まで完了できるワンストップサービスを採用し、車両を購入してからのサポート体制構築にも本腰を入れてきました。

 そして2025年10月~11月に開催された「ジャパンモビリティショー2025」では、市場にさらなる衝撃が走りました。なんと中国のメーカーであるBYDが、日本市場向けとなる軽乗用BEVの新モデル、ラッコをワールドプレミアし、2026年夏にも導入すると発表したのです。

 BYDはこれまで、日本市場でBEVのみを販売してきましたが、2025年冬にはPHEV(プラグインハイブリッド車)の「SEALION6」を導入。デザイン性や充実した装備、圧倒的な低価格でじわじわと存在感を高めています。

 また当初の予定よりは遅れているものの、販売店の数も70店舗近く(2025年11月現在)まで増えています。そんなBYDが、日本独自のガラパゴスな市場であった軽自動車カテゴリーに進出することとなり、国産メーカーも「小さな黒船来襲か」と戦々恐々の様相です。

 一方ユーザーの間には、“メイドインチャイナ”製品への抵抗感や、国家としての中国に対するネガティブなイメージがあるのも事実です。

ラッコがそれらを跳ね除けて日本で成功するためには、まずクルマとしての商品力が重要となってくるといえます。

BYDラッコvs国産スーパーハイト軽の行方は?

 そこで、現時点で発表されている情報からラッコの長所・短所を見ていきましょう。

「日本の軽」は海外に食われるのか? “日本独自規格”脱出への...の画像はこちら >>

BYDが2026年夏に日本導入する予定の軽BEV「RACCO」(乗りものニュース編集部撮影)

 第一の長所は、ラッコが日本で最も人気のある、両側スライドドア付きのスーパーハイトワゴン軽である点です。スライドドアを持つ軽EVは、まだ国産メーカーでは三菱「ミニキャブEV」やホンダ「N-VAN e:」といった、商用車寄りのモデルしかありません。まさにラッコは「こういうEVが欲しかった」という日本人のニーズをガッチリ掴む可能性があります。

 また、BYDらしい個性的なデザインも注目のポイントでしょう。BYD車の内外装のデザインは、元メルセデス・ベンツのデザイナーだったヴォルフガング・エッガー氏や、元アウディのミケーレ・ジャウチ・パガネッティ氏が総指揮を執っており、「他人と同じクルマは嫌だ」という、ユニークな感性を大事にしている人には刺さりそうです。

 そして、ラッコはBYDのBEVモデルの売りである、リン酸鉄リチウムイオン電池の「ブレードバッテリー」も採用しています。サクラ/ekクロスEVやN-ONE e:は、三元系リチウムイオンバッテリーを搭載していますが、リン酸鉄は熱分解温度が高く発火のリスクが低いなど、安全性や耐久性に優れるのが特徴です。

 一方、リン酸鉄を用いたバッテリーは、エネルギー密度や重量の面で不利という性質がありますが、BYDはこれらの弱点を独自技術でクリア。安全性についても、釘を貫通させても発火しないというプロモーション実験で有名です。ラッコは航続距離ごとに、ショートレンジとロングレンジの2タイプを用意すると発表されています。

 反面、短所として予想されるのは全高1800mmという背の高さです。これは床下にバッテリーを搭載しているためですが、ライバル車となる「タント」や「N-BOX」などよりも高めです。重量がかさむバッテリーを床下に置けば、確かに重心が低くなって安定性が高まりますが、実際の走行性能や安全性がどこまで確保できているのかには注目です。

 さらに価格競争力についても、BYD関係者の話では、周囲が期待するほどの低価格では出せないだろうとのこと。コストパフォーマンス面でのインパクトは小さいかもしれません。

「日本の軽に寄せてます」もうひとつの黒船

 また軽自動車ではないものの、2025年にはもう一台、話題の小型BEVが日本市場に投入されました。それが韓国のメーカーであるヒョンデの「インスター」です。

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韓国版“軽自動車”をベースとしたヒョンデ「インスター」(画像:Hyundai Japan 公式X)

 インスターは“韓国の軽自動車”である「軽車(キョンチャ)」規格の1台、ヒョンデ「キャスパー」(日本未導入)をサイズアップし、BEV化したモデルです。インスターのボディは全長3830mm×全幅1610mm×全高1615mmという寸法で、軽自動車より大きく、既存の国産コンパクトカーよりもやや小さい絶妙なサイズ感が特徴です。

 4人乗りと割り切ることで広い室内空間を確保していることや、日本の道路事情や日本人の好みに合わせてチューニングされた乗り味、さらには、エントリーグレードで284万9000円からという低価格を実現しているのも魅力でしょう。インスターについてヒョンデは、日本の軽規格に寄せた商品づくりをしていることを明かしています。

海外への軽EV“逆進出”もありうる?

 BYDやヒョンデの動きが良い例ですが、これまで日本独自の規格であった軽自動車は、近年では海外からも大きな注目を集めています。

 以前から軽トラックへの人気が高まっていたアメリカでは、2025年12月にトランプ大統領が“TINYCARS(超小型車)”のアメリカでの製造・販売を認める方針を表明しました。この“超小型車”に軽自動車が含まれるのかは不明ですが、今後の動向に注視が必要です。またEU(欧州連合)においても、日本の軽自動車規格を参考にした「E-car」という小型EV枠を新設する可能性があると報じられています。

 ではBEVモデルをはじめ、逆に国産メーカーの軽自動車が海外進出を本格的に始める可能性はあるのでしょうか。

 日産自動車の関係者によると、可能性はゼロではないものの、軽自動車はあくまで日本国内向けに作られており、ハードルはかなり高いのだそう。たとえばアメリカで販売する際には、同国の安全基準である「連邦自動車安全基準(FMVSS)」をクリアしなければならず、そのためには大規模な投資が必要となります。

 また、そもそもFMVSSには日本の軽自動車に適用される区分がありません。近しいクラスに当たるLSV(低速車)の区分は、最高速度が約40km/h以下に制限されており、これも日本の軽自動車には当てはまりません。実際にアメリカ国内で軽自動車を販売するには、規制免除などの優遇措置が不可欠であり、道のりは険しそうです。

 一方、欧州で検討されている「E-car」の枠組みは、車体のサイズや重量、モーター出力に上限を設ける代わりに、安全要件などは緩和する方向だとか。細い道やアップダウンの多い欧州の街は、日本の軽との親和性が高いと感じます。

 軽BEVは今後、日本国内での激しい競争に加え、主に欧州などで国産メーカーの販売戦略のカギを握る可能性が出てきています。

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