かつては「輸送量の強化」が投資の中核

 コロナ禍は人々の働き方、そして通勤形態を大きく変えました。特に首都圏は顕著で、2024年度対2018年度の定期輸送人員は京王電鉄が18.5%減で最多、続いて東急電鉄が17.3%減、京急電鉄が14.8%減、西武鉄道が14.7%減、またJR東日本は輸送量(人キロ)で17.2%減となり、この5社は収益性を改善するために運賃改定を実施または実施予定です。

【混雑率は下がってる?】これが鉄道事業者による設備投資です(写真)

 国土交通省の混雑率調査を見ても、東京圏の平均混雑率は2019(令和元)年の調査で163%だったのに対し、2024年調査では139%まで低下しました。国交省は長らく混雑率を150%以下とする目標を掲げてきましたが、2018年は東京圏調査対象83路線中39路線が150%を超えていたのが、2024年は15路線まで減少しています。

 これまで鉄道事業者の設備投資の中核は通勤ラッシュの混雑緩和、つまり「いかに大量の人を詰め込んで運ぶか」の観点で行われてきました。代表的なのは東武、西武、小田急、東急が1990年代から2000年代にかけて、莫大な費用と長い時間をかけて進めた複々線化です。

 また、東京メトロは当時、最混雑路線だった東西線の輸送力増強、遅延対策のため、茅場町駅、木場駅、東陽町駅、南砂町駅の大規模改良工事、九段下駅折り返し線の整備など、1000億円規模の投資を計画しました。コロナ禍を受けて木場駅の工事を中止するなど、一部を見直しながらも工事は続いており、長期計画の難しさを示しています。

 鉄道事業設備投資はコロナ禍の前後でどのように変わったのでしょうか。

 東急を例に見ると、2019年度計画が「さらに安全、安心、快適な鉄道の実現」を掲げていたのに対し、2025年度計画は「安全投資と成長投資の両輪による鉄道事業の持続的成長」としています。

 共通するのは「安全」と「安心」です。東急はいち早く2019年度に全駅へのホームドア整備を完了していますが、多くの鉄道事業者もホームドア整備はコロナ禍以前から着実に進めています。ただその性質は、やや変わっていくかもしれません。

 ホームドアはホーム安全性向上の社会的要請を受けて設置が広がりましたが、コロナ後はワンマン運転実施の前提としての性格が強まりました。

JR東日本は2025年に常磐線各駅停車と南武線で開始し、2026年には横浜線や根岸線で予定しています。

 京王電鉄も将来的なワンマン運転を計画しており、東武大師線に至っては完全無人運転を目指しています。今後は中長期的な事業効率化の視点から、ホームドアの設置に加え、技術開発、車両新造や改造などに一定規模の資金を投じる流れが強まると考えられます。

問われる鉄道事業の「持続性」

 ただ、少子化や人口減少による働き手不足はコロナ禍以前からの課題であり、東急の2019年度計画にも、設備の状態を常時監視して予防保全を行うCBM(Condition Based Maintenance)に基づくモニタリングシステムの導入、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)を活用した監視・分析データ活用方法の検討を進めるとあります。

 多くの人手を必要とする保守作業の合理化は、鉄道事業の効率化を進める上で欠かせません。今後は首都圏であっても鉄道利用者の大幅な増加は見込めないことから、少ない人手と経費で現在の輸送規模を維持できるか、鉄道事業の「持続性」が問われることになったのです。

 ただ、通勤輸送の縮小は鉄道事業者にとって悪いことばかりではありません。鉄道の輸送力は輸送量のピークに対応して整備しなければなりません。つまりピーク1時間に旅客が集中する通勤ラッシュは、鉄道事業の資産効率を著しく下げるのです。もしラッシュがなければ、私鉄各社は複々線化せずに済んだかもしれません。

 前述のように混雑緩和の重要指標は混雑率であり、そのために列車あたりの定員と運行本数を増やす必要がありました。ところがコロナ禍で混雑率が150%を下回ると、ダイヤに余力が生まれ、朝ラッシュ時にライナーや特急など着席保証列車の増発が可能になりました。

例えばコロナ禍後のダイヤ改正で、小田急は「モーニングウェイ」、東武は「TJライナー」を朝に3本増発しています。

 現時点では現有車両やコロナ前から計画されていた座席転換型車両の活用が中心ですが、今後は東急の「Qシート」のように、一部列車に指定席車両を組み込む事例がさらに拡大するかもしれません。

 営業面でも、これまではICカードで大量の旅客をさばき、残る多様なニーズは人で対処する方針でしたが、駅務機器の削減、省人化を意図したチケットレスサービス、QRコード乗車券、クレジットカードタッチ決済の導入が進んでいます。これにより割引率向上などサービスが向上した一方で、デジタルが不慣れな人の利便性低下が問題視されています。

 コロナ禍から5年が経過し、コロナ禍後に検討着手した取り組みも徐々に形になっています。鉄道事業をとりまく環境は厳しさを増すばかりですが、単なる規模の縮小ではなく、量から質へサービスの変化を期待します。

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