飛行機には、陸地や空母から離着陸(離着艦)する陸上機(艦上機)の他に、水面で離着水する水上機(飛行艇)があります。かつてアメリカ海軍は、その水上機の動力をジェット・エンジンにした、ジェット水上戦闘機の開発を試みたことがありました。
【写真】これが空を舞う「シーダート」の姿です(カラーで見る)
ジェット機は1930年代に誕生すると、その直後に始まった第2次世界大戦で軍用機として量産され、兵器として実用化の域に達しました。そして終戦直後から、急速な発達を遂げると、戦闘機や爆撃機の分野では主力装備となっていきました。
こうした流れで、アメリカ海軍もジェット艦上戦闘機を開発しますが、初期のジェット・エンジンは、プロペラ駆動のレシプロ・エンジンに比べてスロットルのレスポンスが遅く、レシプロ艦上機に慣れたパイロットには、ゴーアラウンド(着陸復行)がやりにくいという問題を抱えていました。
さらにジェット機の進歩状況をみると、確実に大型化の途を歩んでいるにもかかわらず、第2次大戦が終結したばかりで軍事費が削減され、そうすぐには大型化したジェット機を運用できる「大きな空母」は造れないという、政治的な問題もありました。
そこでアメリカ海軍は、水上機に目を付けます。空母に搭載しようとすると、ジェット機はその「巨体」ゆえに制約を受けます。しかし、広大な海面を滑走路代わりに利用できるのなら、スロットルのレスポンスの遅さも問題ありません。加えて、性能向上のために、将来的に機体が徐々に大型化したとしても、運用に困る心配がないと考えられました。
確かにフロートという「重荷」が造り付けになっている水上機は、レシプロ機時代には性能面で艦上機に太刀打ちできませんでした。しかしジェット水上機の場合、空母での運用を考慮しなくて済むため、フロートに代えて引き込み式の水上滑走用スキー板を装備すれば、かつてとは逆に「艦上機用の頑丈な脚」という「重荷」が不用になるうえ、艦上機より大型・高出力の重いジェット・エンジンを運用上の障害なく搭載できるので、問題は解決すると考えられました。
重荷」のフロートを捨てろ! 水上スキーで飛ぶ新発想こうした背景に基づいて、アメリカ海軍は1948年10月、超音速飛行が可能なジェット水上戦闘機の要求性能仕様を公示し、国内の各航空機メーカーに、その開発を打診します。
車輪を付けて陸上基地で翼を休めるF2Y「シーダート」(画像:アメリカ海軍)。
当時、コンヴェア社の設計技師アーネスト・スタウト率いるチームは、ドイツ人のアレキサンダー・リピッシュ博士の協力を得て、デルタ翼機の開発を進めていました。彼は、大戦で祖国ドイツが敗戦した際にアメリカ軍が実施した、各分野の優秀なドイツ人研究者を同国に招聘する「ペーパークリップ」作戦で渡米した、デルタ翼研究のパイオニアです。
この優秀な技術者を抱えていたコンヴェア社は、双発でデルタ翼を備え、「重荷」となるフロートに代えて、水上スキーに想を得た格納式ハイドロスキーを装備した、社内名称「モデル2-2」という機体を提案。すると、アメリカ海軍は、同案をXF-2Y「シーダート」として採用しました。
1952年12月14日、XF-2Yによる水上滑走テストが始まります。そして1か月後の翌1953年1月14日、コンヴェア社のテストパイロットであるエリス・デント“サム”シャノンが操縦桿を握った同機は、高速水面滑走テスト中に離水して約300mを低空飛行したものの、これは公式な初飛行とはなりませんでした。
実はXF-2Yには、当初は暫定的に出力不足のJ34ジェット・エンジンが搭載されていたので、のちには、当初搭載が予定されていたアフターバーナー付のJ46ジェット・エンジンの試作型XJ46に換装されています。そして1953年4月9日、正式に初飛行を実施しました。さらに翌1954年8月4日、緩降下によって同機は音速を突破しましたが、これは現在でも、水上機による音速突破の唯一の記録となっています。
唯一無二の「音速突破」達成、しかし時代は空母を選んだところが1954年11月4日、増加試作のYF2Yの1号機がデモフライト中に空中分解を起こして墜落し、コンヴェア社のテストパイロット、チャールズ・リッチバーグが殉職。しかも、繰り返し実施された試験飛行の結果、レシプロ水上機と同じく海が荒れれば離着水が困難になることが判明します。
水上スキーのような軽量の降着装置を下げ、着水する態勢をとったF2Y「シーダート」(画像:アメリカ海軍)。
一方、アメリカ海軍は、大出力のカタパルトと離着艦が容易なアングルドデッキを備えた、より大型の空母の建造を決定します。これにより、空母の上でも大型化するジェット機の運用が可能になったので、ジェット水上戦闘機の優位性は失われてしまいました。
結果、「シーダート」はプロトタイプのXF2Yと増加試作機のYF2Y、双方合わせて計5機が生産されたところで、開発中止となりました。なお、これらは試作機だったため、固定武装は備えられていませんでしたが、正式採用・量産化された暁には20mm機関砲4門の搭載が予定されていました。
なお、1960年代に入ると垂直離着陸が可能な戦闘機として「ハリアー」がイギリスで誕生し、旧ソ連(ロシア)やアメリカでも同種の戦闘機が開発・量産されているため、以降、ジェット水上戦闘機というものは生まれていません。まさに「シーダート」は時代のあだ花的存在だったと言えるでしょう。

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