「原付アメリカン」にホンダは及び腰だった

 原付バイクの市場は、ホンダがパイオニアとなったレジャーバイクやファミリーバイクの人気により、1970年代初めごろから広く開拓されていきましたが、1970年代後半から1980年初頭にかけてスクーターが大ブームとなり、市場は半ばカオス状態に。各メーカーがさまざまなモデルを次々に提案しましたが、そんななか、静かに販売競争が繰り広げられていたのが、「原付アメリカン」というジャンルでした。

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 車体が長く・低い「ロー&ロー」のスタイルが特徴のアメリカンバイク。それを“原付”で展開した元祖は、1977年発売のスズキ「マメタン」です。長いフロントフォークと676mmという低いシート高によって、アメリカン的なライディングポジションを実現。加えて、タンク容量は5.5Lと原付としては大きめであり、原付ながらもツアラー的な印象を持つ画期的な1台でした。

 発売時は、まさにスクーターブームの幕開け期でしたが、マメタンは従来からのレジャーバイクファンから特に歓迎され、人気を獲得しました。

 マメタン登場から3年後の1980年には、ヤマハが「RX50スペシャル 」という原付アメリカンを発売しました。このモデルは原付にしては大きめの車格で、存在感も充分の1台でした。

 さらに3年後の1983年には、カワサキからも原付アメリカンの「AV50」が登場。太いリアタイヤやプルバックハンドル、段付きシートを備えており、アメリカンに造詣が深いカワサキらしいモデルとなっていました。

 1977年のマメタン登場以降は、このように各社とも原付アメリカンをリリースし、着実に支持を拡大。各社の交戦状態は静かに続いたわけですが、一方、国内最大手のホンダの動きはどうだったのでしょうか。

 実は1979年、ホンダはレジャーバイクブームを牽引した「ダックス」を改良し、アメリカン風モデルへイメージチェンジしています。

筆者は「注目を浴びたマメタンに対抗したのでは?」と感じていますが、残念なことに、この通称「アメリカン・ダックス」はさほどウケず、ダックス自体が生産終了となってしまいました。

 この苦い経験のためか、ホンダは各社が地味に繰り広げた原付アメリカン競争に、少々及び腰の印象でした。1982年には「MCX50」というアメリカンタイプの原付も発売したものの、カクカクしたデザインで、一目で“アメリカン”と判別しづらい不思議なモデルでした。これはこれで今見ると個性的でカッコ良いのですが、当時はわかりにくかったのか、ヒットには至りませんでした。

完璧すぎる原付アメリカン「ジャズ」登場

 ホンダはここまでの経験から「次なる『原付アメリカン』は、他社に真似できない完璧なものを」「無駄な創意を入れず、純粋かつ正確に『アメリカン』をスケールダウンしたモデルを」と考えたのかもしれません。マメタン発売から9年が経った1986年、ついにホンダから原付アメリカンの真打、「ジャズ」が登場しました。

「この争い、もうやめようか…」 静かな販売合戦を終わらせた「...の画像はこちら >>

マメタンの対抗馬(?)だった1979年発売の通称「アメリカン・ダックス」。残念なことにダックスシリーズは本モデルをもっていったん生産終了に(画像:ホンダ)

 ジャズは長めのホイールベースや、長く傾斜したフロントフォークを持つ設計に加え、ティアドロップタンクや低いシートといったアメリカンに不可欠なアイテムを装備。メッキパーツもふんだんに採用していました。また、エンジンはホンダお得意のカブ系ユニットであり、雰囲気でも信頼性でもライバルを圧倒する完成度の原付アメリカンとなっていました。

 ジャズの完成度の高さを前に、それまで原付アメリカンで個性を競っていた他のメーカーは、まさにお手上げ状態に。「もう戦いはやめよう」とばかりに、原付アメリカンの開発から次々に手を引いていきました。

 こうして、ジャズは原付アメリカンの市場を独占していき、なんと2001年の生産終了まで15年間にもわたるロングセラーとなりました。この間、設計面でのアップデートはほぼなく、改良はカラーリングの追加や変更のみ。大掛かりなリニューアルをしなくても、15年間も通用する完成度だったのだと言えるでしょう。

 ジャズは「原付アメリカン」を代表するモデルであるとともに、「ホンダが本気を出すと怖い」ということを、強く思い知らされる1台です。

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