日米間の自動車貿易が話題の昨今ですが、実際の貿易の現場、すなわちクルマを海外へ運び、運ばれてくる現場とは、どのようなものなのでしょうか。

自動車専用船、復路は空荷?

 ドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領に就任して初となる日米首脳会談が、日本時間2017年2月11日(土)に開かれました。

安倍首相はトランプ大統領との会談後、共同記者会見に臨み、そのなかで日米間の貿易や投資に関し、麻生副総理兼財務相とペンス副大統領をトップとする協議を始めることで合意したことを明らかにしました。

 かねてよりトランプ大統領の「不公平」という発言から話題になっていた日米自動車貿易は、今後の協議にゆだねられると見られます。実際の数字はどうなっているのか、財務省が発表した2016年の貿易統計で見てみると、日本における対米自動車貿易は、輸出が175万0294台に対し、輸入は1万9933台でした。単純に台数で比較すると、アメリカから運んでくるクルマの台数は、アメリカへ向けて送るクルマの台数の1.1%程度にすぎません。

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自動車専用船で輸送中のクルマ。左右の隙間は10cm(写真出典:日本郵船)。

 クルマの海上輸送には、「自動車専用船」という特別な船が使われることがほとんどですが、日米間のクルマの輸送はほぼ一方通行状態です。日本からアメリカへクルマを運んだあと、自動車専用船は貨物倉を空にして帰ってくるのでしょうか。

 これについて日本郵船は「空で帰ってくることもある」といいます。

「アメリカの西海岸、東海岸に寄港したあとは空で帰ってくることもありますが、欧州や南米に寄港し、アジア向けやヨーロッパ向けに貨物を輸送することもあります」

 なお日本からアメリカ西海岸へは片道27日から30日、東海岸は同じく55日から60日の航海になるそうです。また、自動車専用船にはクルマ以外の荷物を積むこともあるそうです。

自動車貿易の「現場」とは? 知られざる自動車専用船、クルマはかくして海を渡る

日本郵船が保有する自動車専用船。
「PCTC(Pure Car and Truck Carrier)」とも(写真出典:日本郵船)。

 ではこの「自動車専用船」、どのような船で、そしてクルマはどのように海を渡るのでしょうか。

高さ50m、12層におよぶ「海上立体駐車場」

 日本郵船が所有する「自動車専用船」は、約12層ある貨物倉のデッキに、一度に約7000台のクルマを積載することが可能です。車両積載有効面積は、東京ドームのグラウンドにして約4つぶん(約5万2000平方メートル)あるそうです。

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自動車専用船の船尾に設けられたスターンランプ(写真出典:日本郵船)。

 一般的なほかの貨物船との大きな違いは、主な積荷であるほとんどのクルマが自走して積み揚げ(船への積み込みと船からの陸揚げのこと)されるという点で、「サイドランプ(センターランプ)」、「スターンランプ(クォーターランプ)」と呼ばれる、船と岸壁とをつなぐランプ(傾斜路)が設けられています。

 また、それだけ大量のクルマを積み込むため、貨物倉にクルマの排気ガスが滞留しないよう、大型の換気装置(ベンチレーター)が装備されています。

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自動車専用船の貨物倉。デッキ(床)は可動式で高さを調整でき、車高の高い建設用車両なども運搬できる(写真出典:日本郵船)。

 船への積み付け(荷の積み方、配置のこと)は、プランナーと呼ばれる専門スタッフがプランを作成します。船内に配置されている柱や可動式ランプなどは船によって大きく仕様が異なるため、それらを考慮しつつ、「航海中、船が傾いても元に戻る復元力に問題がないか」、「安全に積み揚げができるプランになっているか」、「積み付け方法が原因の事故が発生しないようになっているか」といった点に特に注意してプランを作成するそうです。万が一積み付けが悪いと、最悪の場合、船が横転することもあるといいます。

積み付け担当は「ギャング」?

 積み付けは、たとえば乗用車の場合、周囲のクルマとの間隔は左右10cm、前後30cmを基本にしているといいます。これを実際に積み付けていくのは、「ギャング」と呼ばれる作業員20人前後のチームで、多い時には5ギャング以上が同時に作業することもあるそうです。

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ラッシャーは「クラスパー」という固定具でクルマを固縛していく。クラスパーの一方はクルマ、もう一方は貨物倉の床に空いた穴にひっかけ固定する(写真出典:日本郵船)。

 ギャングはそれぞれ、「監督」、「陸上の車両ヤードから船内までの運転を担当する移送ドライバー」、「船内から所定の位置に駐車する本付けドライバー」、「足車(ギャングをヤードに戻すクルマ)のドライバー」、「車両を固縛するラッシャー」、「船内で車両移動を整理するシグナルマン」から構成されています。前述のように、貨物倉へごくわずかな隙間だけを残して駐車していくのは、本付けドライバーとシグナルマンによる連携プレーがなせる技といえるでしょう。

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積荷たるクルマはこのとき、前後30cm間隔で積み付けられている(写真出典:日本郵船)。

 これだけ密に、かつ数多くのクルマを自動車専用船へ積み揚げするために、どれだけ細心の注意を払っていても事故は避けられないものだそうです。ただしその発生率は1.71PPM(2015年度実績)、すなわち「荷役中の100万回の車両移動につき、1.71件の事故が発生する」というレベルのものだそうです。

「たとえば、先進国の旅客機墜落確率が0.4PPMで、全世界における航空機墜落確率が8PPMだそうです。ゴルフのホールインワンよりも200倍出にくいといわれているアルバトロス(パー5のホールを2打でカップインする)は0.5~1PPMだそうです。まとめますと、1.71PPMという数字は、全世界の航空機墜落確率よりも低く、アルバトロスが出る確率よりも少々大きいといったところです」(日本郵船)

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ときには鉄道車両を輸送することも(写真出典:日本郵船)。

 日本郵船は現在、110隻の自動車専用船を保有しています。それらは日米間をはじめ、欧州、北米、中南米、中東、アジア諸国、アフリカなど、世界各国約200箇所の港を結び、今日も航海を続けているそうです。

【写真】自動車専用船のあまりに意外な積荷

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搬入されているのは風車の羽。自動車専用船とはいえ、時にはクルマ以外のものを運ぶこともある。左下の風車写真はイメージ(写真出典:日本郵船)。

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