当日有効だけど翌日まで乗れる!

 乗車券の有効期間は、距離に応じて長くなります。JRグループの場合、大都市近郊区間は1日、片道きっぷは100キロまで1日、200キロまで2日、400キロまで3日です。

その後は200キロを超えるごとに1日増えます。現在の最長片道きっぷは1万500kmなので、有効期間は最も長くて53日となります。

【ちょっと昔】平成を駆けた夜行快速列車を見る(写真)

 この有効期間には特例があります。「乗車中に有効期間を超えた場合は、途中下車しない限り券面に示された目的地の駅まで使用できる」というものです。これを「継続乗車制度」といいます。

 普段意識する機会はないと思いますが、例えば終電間際にきっぷを買って、乗車中に0時を過ぎたとします。でも乗車したままなら、目的地の駅まで行けます。これが「継続乗車」です。

 紙のきっぷは発駅と着駅が定められています。これは「発駅から着駅までの輸送を契約しましたよ」という意味です。乗客は定められた経由で着駅へ行く権利があり、鉄道事業者は乗客を着駅へ輸送する義務があります。そして、改札口を通ったときから契約は有効になります。

きっぷの有効期限を過ぎても、乗客を目的地まで運びます。

 ただし、駅を出たり、無人駅で列車を降りたりして0時を過ぎた場合はそこまで。これは乗客側の前途放棄となります。例外として、乗客が乗り継ぎたいのに列車がない、という場合は改札口で証明を受け、翌日の乗り継ぎ列車を指定した上で駅から出られます。宿泊しても構いません。列車がないのは鉄道事業者の都合であり、乗客には責任がないからです。

 もっとも現在は、普通列車を乗り継ぎながら長距離移動するならともかく、途中駅付近に宿泊し日をまたぎながら移動する機会はなさそうです。この制度は、特急や新幹線がない時代に作られました。そんな時代の乗客救済制度ともいえます。筆者のような国鉄時代を知る昭和ジジイの感想ですが、国鉄のきっぷの制度はサービス重視というより、輸送の義務を果たすという思想で設計されていたように思います。

 しかし、前述のように、0時を過ぎても列車が走る線区はたくさんありますから、継続乗車制度は続いています。フリーきっぷのように明確な目的地駅を定めない企画乗車券には適用されない場合もあります。

しかし、「青春18きっぷ」のルールに「有効期間の最終日は、最終列車までご利用になれます。」とあるように、最終列車が0時を過ぎても乗車可能としているところは継続乗車の考え方が反映されているといえそうです。

 交通系ICカードの場合は、大都市近郊区間のきっぷのルール「当日に限り有効」「下車前途無効」に準じた扱いのため、継続乗車とは関係なく終電まで有効です。

ワイド周遊券の有効日数を増やすワザだった

 昭和の鉄道旅では、継続乗車船制度を使って「ワイド周遊券やミニ周遊券の有効日数話を1日延ばす」というワザがありました。北海道全域、九州全域など広範囲なタイプがワイド周遊券で、東京、北近畿、福島・会津若松など限定エリアタイプがミニ周遊券です。

 現在も各地域のフリーきっぷが販売されています。しかしワイド周遊券とミニ周遊券は、往復乗車券付きという特徴があります。自由乗降エリアと往復乗車券をまとめた企画乗車券でした。

 ワイド周遊券とミニ周遊券はA券とB券の2枚のきっぷで構成されていました。A券は往路用で、出発駅から自由乗降エリアまで。自由乗降エリアで最初に降りた駅で回収されます。B券は復路用で、自由乗降区間内から出発駅まで。フリー乗降期間中はB券を携帯し、帰りたくなったら、B券を持ったまま復路の列車に乗ります。

 きっぷの有効日数は出発駅から自由乗降区間までの距離によって変わります。例えば、有効日数が7日の北海道ワイド周遊券の場合、1日目に北海道へ向けて出発し、7日目までに出発駅に戻ります。自由乗降エリアの滞在は実質5日間です。

 しかし、ここで継続乗車船制度を利用します。自由乗降エリアで6日間を過ごしても、7日目に出発駅に向けた列車に乗れば、到着が8日目でも良いわけです。東京に帰るなら、7日目に函館行きの特急に乗り、青函連絡船と夜行急行列車を乗り継いで、8日目に上野着、という旅ができます。ちゃんと東京方面に向かっているから、日付をまたいでも乗車したままで良い、というわけです。

 例えば、函館着の特急から青函連絡船に、そして青函連絡船から夜行列車に乗り継ぐ時に長い待ち時間がある場合、次の列車や船の指定を受ければ駅から出られます。もっとも、青函連絡船は深夜も動いていましたし、北海道と本州の列車と連絡線の接続はスムーズでしたので、駅から外に出るほどのことはなかったかもしれません。私も夜行列車で8日目着は経験がありますが、継続乗車船制度で駅から出た経験はありません。

継続乗車船が継続乗車になった理由

 ところで、このコラムでは前半とタイトルに「継続乗車」、後半は「継続乗車船」という言葉を使っています。国鉄は船も運航していたからです。

鉄道連絡船として「青函連絡船」「宇高連絡船」「宮島航路」がありました。連絡線の運賃制度は鉄道と同じと見なしたため、継続乗車も適用されました。だから「継続乗車船」というわけです。

 鉄道連絡船はJR化後も引き継がれますが、青函トンネルによって青函連絡船が、瀬戸大橋線の開業で宇高連絡船がそれぞれ引退します。最後に残った宮島航路は2009年にJR西日本直営から子会社のJR西日本宮島フェリーに移管されたため、鉄道連絡船はすべて廃止されました。JRの旅客営業規則から「船」に関する記述がなくなり、「継続乗車船」も「継続乗車」に変わりました。

 ワイド周遊券・ミニ周遊券は1998年3月31日で終了し、同年4月1日から「周遊きっぷ」になりました。自由乗降エリアと往復乗車券をまとめたところは同じです。しかし、券は3枚になりました。往路用は「ゆき券」、自由乗降区間は「ゾーン券」、復路用は「かえり券」です。それぞれのきっぷに有効日数が設定されており、「かえり券」も単独で有効日数が設定されたため、継続乗車制度でフリー乗降区間の滞在を増やすというワザは使えなくなってしまいました。そんな周遊きっぷも2013年3月31日で廃止されました。

 現在、鉄道の長距離移動は新幹線が主体となり、夜行列車も少なく、紙の長距離片道きっぷを使う人も減っていることでしょう。しかし継続乗車制度は「終電の0時またぎ」のルールとして残っています。制度が残っているうちに、もう一度、継続乗車を利用して長距離片道きっぷの旅もやってみたい、なんて思います。しかし、あの頃は私も体力があったし、時間もたっぷりあったんだよなぁ(涙)。

 以上、昭和ジジイの独り言でした。

編集部おすすめ