MT車で運転免許をとった人は、教習でエンジンの「押しがけ」を習ったことがある人がいるかもしれません。しかし、「知らない」という人も。
MT(マニュアル)車で免許を取得した人であれば、バッテリーが上がってエンジンがかからないときの緊急手段として「押しがけ」を知っている人がいるかもしれません。
「押しがけ」は、後ろからクルマを押してもらって行うこともある(画像:vukx/123RF)。
「押しがけ」は文字通り、人力でクルマを押してエンジンをかける方法です。ブースターケーブルを介してほかのクルマから電気を供給してもらう必要がなく、いざというときには役立つ方法ですが、MT車で免許を取得した人でも知っている人と知らない人がいるようです。フジドライビングスクール(東京都世田谷区)の田中さんに、その背景を聞きました。
――エンジンの「押しがけ」は、教習では教えないのでしょうか。
教習で教えることはないと思います。エンジンを切ったうえでのやり方ですから、ブレーキがほとんど利きませんし、いまのクルマはパワーステアリングですからハンドルも回らないので危険です。教えたとしても「こうした方法もありますよ」という程度で、実演などしないと思います。
――そもそも押しがけとは、どのように行うのでしょうか?
キーをオンの位置にして、ギアを2速か3速に入れ、クラッチペダルを踏んだ状態で車体を後ろから押してもらいます。5~10km/hくらいの速度がついたらクラッチペダルを上げつつアクセルペダルを踏んで、エンジンを始動させます。
――原理としてはどういうものなのでしょうか?
MT車はエンジンの動力をクラッチ、変速機(ギア)を介してタイヤに伝えますが、押しがけはこれと逆の原理です。タイヤの回転をエンジンに伝えてピストンを動かし、エンジンを駆動させる方法です。
――AT(オートマチック)車では無理なのでしょうか。
変速機とエンジンが直結していないため、原理的に不可能です。
いまのMT車でも可能?フジドライビングスクールの田中さんは、自身でも少なくとも10年以上は押しがけをやったことがないといいます。「いまのクルマは昔と比べて重くなっていますし、エンジンの燃料噴射装置など電子的に制御される部分が増えているので、そもそも『押しがけ』が可能なのかどうか」と話していました。現在のMT車で、押しがけは可能なのでしょうか。
トヨタ広報部に問い合わせたところ、「可能」との回答を得ました。ちなみにトヨタ車で現在販売されているMT車は、「カローラアクシオ」「カローラフィルダー」「オーリスRS」「86」です。
ホンダ広報にも確認したところ、実際に試してもらったうえで回答をもらいました。車種は「S660」と「シビック タイプR」で、いずれも、人がクルマを後ろから押して行ったといいます。フジドライビングスクールの田中さんが教えてくれたやり方と異なり、はじめはギアをニュートラルにしてクラッチを踏み、速度がついたところで2速に入れ、アクセルペダルを踏んでクラッチを操作し、エンジンをかけることに成功したそうです。
これらのことから、最近のMT車すべてにおいて押しがけが可能であるとは言い切れないものの、いざという時に試してみる価値はある、ということは言えそうです。ただし、田中さんがいうように危険をともなうのも事実ですので、あくまで緊急手段として覚えておくのがいいでしょう。
【写真】押しがけ可能か? 「シビック タイプR」

2015年10月発売のホンダ「シビック タイプR」。2.0Lエンジン、6速MTを備える。今回、ホンダ広報自ら押しがけを試してくれた(画像:ホンダ)。