一部のJAL国際線機内に2017年、ノートが置かれるようになりました。その名は「旅の手帳」。
JAL(日本航空)の国際線に乗ると、機内に「ノート」が置かれていることがあります。2017年9月1日(金)に搭乗した成田発メルボルン行きのJL773便にも備えられており、そこには以下のように書かれていました。
「皆様、本日は日本航空773便メルボルン行き初便にご搭乗いただき、誠にありがとうございます。メルボルン空港では“放水アーチ”で迎えて頂く予定です。皆様のメルボルンへの想い、今回の旅のプランやおすすめスポット等、何でもご自由にご記入ください」
そこにはあわせて、機長・副操縦士3名の署名が。地元の人や旅行者のコミュニケーションを目的に、ローカル線の駅などへ設置されている「駅ノート」のようなものでしょうか。
JALによると、「旅の手帳」と名づけられたこのノートは、パイロットが発案したプロジェクトとのこと。このプロジェクトチームの“機長”を務めるパイロット(運航乗務員)の浅野正成さん、飯田光輝さんに話を聞きました。
フライト前に「旅の手帳」へメッセージを書き込む浅野機長(右)と飯田副操縦士(2017年9月、恵 知仁撮影)。
——いつ始められたのでしょうか?
浅野「お客さまと私たちパイロットをつなぐ『何か』ができないかとずっと考えており、このアイディアが生まれたのが2016年12月で、実際に動き出したのは2017年1月です」
——どの路線で「旅の手帳」を置いているのでしょうか?
浅野「9月末までは成田発着のホノルル、パリ、シドニーの3路線をメインに行っていました。10月は成田発着パリ(28日まで)、メルボルン、コナの3路線で行います。

一部のJAL国際線機内に置かれている「旅の手帳」(2017年9月、恵 知仁撮影)。
——ノートを置く路線はどのように決めているのでしょうか?
浅野「最初はいろいろな路線で試してみました。その結果、パリ線とホノルル線が航行時間やお客さまのご搭乗目的の観点から、より見ていただける機会が多そうだったため、4月26日から5月31日まで、この2路線でトライアルを行いました。中国線でもやってみたのですが、お客さまに書いていただく時間を考えると、やはり目的地まである程度の距離が必要ですね」
——トライアルを終え、正式にスタートしたのはいつからでしょうか?
浅野「7月14日からお客さまに「旅の手帳」のご案内を始めましたので、その日ですね」
いわれてみれば、接点が少ないパイロット——始めたきっかけを教えてください。
飯田「パイロットを空港で見かけることはあると思いますが、操縦室に入ってしまいますと、私たちはお客さまから“近いようで遠い存在”かもしれません。そうした状況を『もったいない』と思いました」
浅野「機内でお客さまに私たちパイロットの存在を感じていただけるチャンスは、機内アナウンス以外にあまりありません。そうしたなか、お客さまにより喜んでいただくために何ができるかということを考えました。そこで浮かんできたのが『老舗旅館の思い出帳』です。そのイメージで、私たちがメッセージを書いたノートを機内に置くと、お客さまがホッとされるのではないかと思い、話が発展しました」
——確かに、パイロットと会話することは普通、ないですね。
浅野「航空機はCAのサービスを受けるという、いわば“受け身”で乗られるのが普通かもしれません。しかし、機内でお客さまに『書いていただく』ことで、お客さまご自身で旅をクリエイトすることになり、良い記念になるのではないかと考えました。この点と、お客さまとパイロットとの接点をつくることが『旅の手帳』のねらいです」

パイロットのメッセージは写真やステッカーの装飾も。

「旅の手帳」の注意書きと説明。

個人情報が書かれた場合、テープを貼り見えなくする。
——書かれた内容を見て、どんなことを感じますか?
浅野「お客さまの気持ちがダイレクトに伝わってきますので、いままでにも増して心のこもった操縦ができるのではないかと思っております。いただいたお言葉を読むと、お客さまのために快適なフライトをするぞ、という気持ちが、さらに一歩高まる気がします」
——お仕事のやりがいにもつながっているわけですね。
浅野「非常に大きいですね」
飯田「これで私たちの顔がお客さまにより見えるようになっていくと嬉しいですね」
浅野「私自身、お客さまと向き合ういい機会をいただけていることにとても感謝しております。また、ほかのパイロットが書いたものを読んで、仲間がこんなことを書いている、こんな気持ちでフライトをしている、自分も頑張るぞという気持ちになる、という感想も仲間のパイロットからあがっています」
日本人と外国人で異なる傾向も——航空機は、人生の大切なときに乗ることも少なくないかと思いますが、そうした書き込みもあるのでしょうか?
浅野「最近ですと『88歳のおばあちゃんと乗っています。毎年、家族でハワイに行っていて、来年は一緒に出かけられるか分かりませんが、いい思い出になりました。ありがとうございます』といった書き込みがあり、『頑張ってフライトするぞ!』という気持ちになりました。私たちパイロットのなかからも『たくさんの人生を背負っていることを改めて感じた』という声が出ています」
飯田「直筆ですので、パソコンで打った文字とは、伝わってくるものがやはり違いますね」
浅野「いろいろな方の大切な人生のお手伝いをすることができ、嬉しいですね」
飯田「ご自身の筆で書かれているお客さまもいらっしゃいましたね。また、海外単身赴任のビジネスマンの方が夏休みで帰るとき、ノートを見て日本を思い出し癒やされた、といった書き込みもございました」

「旅の手帳」には微笑ましい子どもの書き込みも少なくない(2017年9月、恵 知仁撮影)。
——外国人からの書き込みもあるのでしょうか?
浅野「はい。
飯田「罫線のあるノートを使っていたこともありましたが、外国人のお客さまは自由に書かれるのに対し、日本人のお客さまは罫線を守って書かれることが多いのも興味深いですね」
国内線でも実施? メルボルン線初便では「旅の手帳」が繋いだ縁——月にどのくらいの数の書き込みがあるのでしょうか?
浅野「お客さまの書き込みは月に200件から300件ほどいただいております」
——書き込みに返信することはあるのでしょうか?
浅野「JALのホームページに『旅コラム』というのがございまして、そちらで今後、お返事できればと考えております」
——「旅の手帳」は対象路線のすべての便に置いているのでしょうか?
浅野「私たちの一番の仕事は『安全に運航すること』です。ノートにメッセージを書くことが時間的に難しい場合など、置いていないこともあります」
——今後、「旅の手帳」をどのようにしていきたいですか?
浅野「まだ始まったばかりのものですが、実施期間や路線をいろいろ検証して、これからも続けていきたいと考えております。国内線の可能性も探ってみたいですね」
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浅野機長(右)と飯田副操縦士(左)。

メルボルン行き初便の「旅の手帳」。

「旅の手帳」はギャレイ付近に置かれている
ちなみに冒頭で記した、記者(恵 知仁:乗りものライター)が搭乗したメルボルン行きの「旅の手帳」では、「JALメルボルン線の初便」だったため、乗客からお祝いの言葉が多く寄せられていました。
また2017年8月末のシドニー発成田行き「旅の手帳」に、「メルボルン線の初便で単身赴任先のオーストラリアへ帰る」という乗客のメッセージがあったそうです。そこではイニシャルしか書かれていなかったものの、メルボルン行きの初便で当てはまる乗客を探し、御礼をしたところ、そうしたリレーがJALの社内で行われているんだと感動されたそうです。人と人を結びつける「旅の手帳」らしいエピソードかもしれません。
●JAL「旅コラム」
http://tabi.jal.co.jp/tabicolumn/2017/09/pi170922.html