JALには、パイロットの機内アナウンスについて考えるワーキンググループがあります。「したくてもできない」などさまざまな制約があるなか、パイロットたちが工夫しているそうです。
航空機では離陸後、機長から次のようなアナウンスが入ります。
「目的地へは定刻の10時30分に到着する予定です。なお途中、低気圧の影響で多少の揺れが想定されます」
JAL(日本航空)には、こうしたパイロットによるアナウンスを考える、ワーキンググループがあるそうです。
「機内アナウンス」というと、客室乗務員のイメージが強いかもしれません。しかしJALの千葉 基機長と毛利洋志機長に話を聞いたところ、制約があるなか、パイロットもいろいろと工夫しているといいます。
コックピットからのアナウンス、その工夫とは(画像:JAL)。
――パイロットの「アナウンス」について、どのような取り組みをしているのでしょうか?
毛利「客室乗務員や空港スタッフ、お客さまサポート室とも連携しながら、よりよいアナウンスの内容やタイミングを模索しています」
千葉「JALには『お客さまの声・機内アナウンスワーキンググループ』というものがありまして、パイロットたちが機内アナウンスの検討や、お客さまの声に耳を傾けるCS(カスタマーサービス)活動をしています」
――言い換えると、アナウンスには「適切なタイミング」というものがあるのでしょうか?
千葉「まず、『アナウンスをしてはいけないタイミング』が決められています。安全性の観点から、より操縦に専念する必要があるフェーズ、航空交通管制に耳を傾けねばならないフェーズがあり、そのようなフェーズではアナウンスをしてはならないという制限があります。そのような限られた環境のなかで、お客さまにとってベストなタイミングを見計らいながら、アナウンスをしています」
毛利「お客さまからすると最新の情報が欲しいと思われているタイミングでも、アナウンスできない場合があるのが心苦しいところです」
いくつかある「アナウンスの目的」とは?――ということは、パイロットがアナウンスしているときは、自動操縦中であるとか、状況が落ち着いているときなのでしょうか?
千葉「機内アナウンス時は必ず自動操縦です。アナウンスは、安全が担保された状態で行っています」
――たとえば気象条件が不安定で手動操縦している場合など、「なかなかアナウンスがないな」ということもあり得るのでしょうか?
千葉「手動操縦中はもとより、自動操縦であっても、気象条件が悪いときやほかの操縦業務に集中すべきときは、お伝えしたいことがある場合でも、私たちパイロットからはアナウンスできないケースはあります」

JALの毛利洋志機長(左)と千葉 基機長(右)(2017年8月、恵 知仁撮影)。
――揺れたとき、アナウンスが入ると安心感を与えられると思いますが、したくてもできないことがある、というわけですね。
千葉「その通りです。
毛利「どうしてもお伝えする必要があるときは、私たちからインターホンで客室乗務員に依頼します。客室乗務員の『機長からの報告によりますと~』というアナウンスは、事前に私たちが客室乗務員に説明しているのです」
――航空機が得意でない人も珍しくはありませんし、パイロットからのアナウンスは重要かもしれませんね。
毛利「機内アナウンスの目的は、『お客さまと乗員の安全確保』が第一で、2つ目はイレギュラー発生時などにおける『情報提供』、そして3つ目が「状況説明による安心感と好印象の提供』です。そこで「安全を守る」を柱にしながら積極的にアナウンスを活用していこうと取り組んでいるのが、このワーキンググループです」
パイロットは「頑固おやじ」?――さきほど話に出た「アナウンスをしてはいけないタイミング」について、具体的に教えてください。
毛利「地上での走行中、離着陸の操作中、上昇中、降下中、まもなく上昇、降下を開始する、というタイミングです。要は航空機の体勢に変化が生じるときですね。我々はそれを『脆弱性の高いフェーズ』と呼んでいます。ただそのフェーズでも、旅客および乗員の安全確保を目的としたアナウンスは実施します。もちろん、アナウンスをしたら危険な場合は行いません。安全を第一に確保してからご説明するという順番です」
――日々のフライトのなかでパイロットが行うアナウンスは、気象条件や到着予定時刻などがメインになるのでしょうか。
千葉「そうですね。あとは飛行経路に関するご案内、景色に関するご案内、ご利用のお礼といった内容が中心になります」

フライト前のブリーフィングで気象条件などを確認する(2017年8月、恵 知仁撮影)。
――アナウンスの回数について、決まりはあるのでしょうか?
千葉「いい景色が見えるからといって都度案内していると、お客さまにご迷惑がかかるので、回数は『適度』といったところでしょうか。国内線は時間も短いので、操縦室からのアナウンスは基本的には1回です」
毛利「時間帯や路線、お客さまの構成なども意識します。早朝や深夜のビジネス路線は控えめにしますが、リゾート路線はご家族連れが多いので、極力ご案内しようと思います。そのときは、客室乗務員にお客さまの状況を聞きますね。休まれている方が多い場合は控えますし、窓の外を眺めている方が多い場合はご案内します。パイロットはお客さまの顔が直接見えないので、その都度、客室乗務員とやり取りしています」
――国際線はアナウンスの機会が多くなるのでしょうか?
毛利「国際線は巡航時間が長いので、とてもきれいな景色があった場合はアナウンスしますし、あわせて、ちょっとした工夫でそうした景色が見えやすい経路を飛行する場合もあります。お客さまには思い出を持ち帰っていただきたいですし、また日本航空に乗っていただきたいですからね」
――パイロットの声が聞こえたほうが、乗客もより印象深いフライトになるでしょうね。
毛利「『人間としてのパイロット』をご紹介したい部分もあります。パイロットは職人気質の人も多いですが、武骨でもいいので自分の言葉で、心を込めてお客さまにアナウンスをお届けしましょう、ということです。“頑固おやじ”みたいなパイロットが操縦してるわけじゃないぞ、と。
――このワーキンググループを始めたきっかけを教えてください。
毛利「いまのワーキンググループができたのは2004(平成16)年です。当時はアナウンスに関して統一感がありませんでした。そうしたなか、歩調を合わせるために、ワーキンググループの母体となったものが作られました。そしてさまざまな意見を出し合い、改善を進めていくなかで、アナウンスの骨組み作りやハンドブックの見直しを行いました」

JAL運航本部 お客さまの声・機内アナウンスワーキンググループ監修のマニュアル「ANNOUNCEMENT HANDBOOK」(2017年8月、恵 知仁撮影)。
――アナウンスのマニュアルがあるのでしょうか?
毛利「はい。ただ、大事なのは心を込めてお伝えすることなので、マニュアルに書いてあることはあくまで雛型です。客室乗務員の行うアナウンスは、多くの部分が定型のものなのですが、パイロットの場合は標準的な形を示したうえで、自分たちの言葉で話していくことを大切にしています」
――自由度を高くしている理由を教えてください。
千葉「ひとつとして同じフライトはありません。同じ経路を通っても、天気もお客さまも違いますので、そのときの状況を踏まえて自分の言葉で語ることが、お客さまに一番伝わると思います。特に、風景などに関するご案内については、それぞれパイロット個人の気持ちを伝えていきたいと思っています」
毛利「客室乗務員と異なり、パイロットは声だけなので、そこに魂を込めないと伝わりません。
――ワーキンググループで行っている取り組みについて、具体的に教えてください。
千葉「航行中に見える景色の詳しい資料を作成しました。航行中の風景のアナウンスがお客さまから好評でしたので、より広くできるようにと考えまして」

アナウンスが入ると、機内エンターテインメントの音声は中断される(2017年9月、恵 知仁撮影)。
――乗客の声が反映されることもあるのですね。
千葉「はい。お客さまの声を常に意識しています。飛行時間2時間ほどの近距離国際線は、映画をご覧いただくのにぴったりの長さなのですが、アナウンスで映画が止まってしまい最後まで観られなかった、というお声もありました。そこで客室乗務員とお互いのアナウンスを見直し、重複部分を削ってアナウンスを効率化するといった取り組みも行っています」
毛利「JALは機内エンターテインメントにも力を入れていますので、ボリュームをはじめさまざまな課題を2年間かけて調整しました」
千葉「私たちはコックピットでさまざまな通信の音を聞いていますので、客室での自分の声が分からないのです。ボリュームは非常に難しいです」
毛利「フライト前、客室乗務員に『ボリュームに問題があったら教えてください』と話すこともあります」
千葉「ヘッドフォンで聞かれている方もいらっしゃれば、スピーカーで聞かれている方もいらっしゃいますので、その差も大きいです。すべてのお客さまにご満足いただくというゴールは遠く、まだ山の途中です」
毛利「フライトが終わったあとには『プチ反省会』を開いて、次のフライトに生かしています」
ボーディングブリッジを見つめるパイロット――ワーキンググループの課題をお教えください。
千葉「お客さまのご意見をまだ反映できていない部分があるので、パイロット全員がお応えできるよう目指しています」
毛利「より安全な運航を実現するために、JALでは日常運航を常に多角的に見直しております。それに合わせて私たちも形を変えていかなくてはなりません。
千葉「これまで日本語と英語に力を入れてきましたが、ほかの国のお客さまも増えていますので、音声資料を用意し、体制を整えていく予定です。中国語や韓国語、インドネシア語、フランス語、イタリア語、タイ語などですね」
――アナウンスで注目して欲しい点はありますか?
毛利「パイロットからすると、例えば『シートベルトをお締めください』といった、安全に関するアナウンスを注意深く聞いていただきたいです。お客さまの行動を制限することにはなってしまいますから、そのジレンマはありますね」
千葉「『どんな人が運航しているのか』を想像していただきたいですね。目的地に到着したとき、お客さまには「また乗りたいな」という思いで航空機から降りていただきたいなと思っています。その思いが、私たちのアナウンスの源になっています」
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パイロットがボーディングブリッジに向け、手を振ることもあるという(2017年9月、恵 知仁撮影)。
ちなみにパイロットは結構、乗客の搭乗時にボーディングブリッジを見ているそうです。客層を確認し、機内アナウンスなどに生かすためとのこと。乗客も搭乗時にコックピットを見て、「あのパイロットは渋い声をしてそうだ」など、機内アナウンスを想像するのも面白いかもしれません。
【写真】機内から見えた「バタフライアイランド」

成田発メルボルン行きJAL便、パプアニューギニア上空で眼下に見えた「バタフライアイランド」。機長による案内アナウンスがあった。綺麗に見えるのは珍しいという(2017年9月、恵 知仁撮影)。