線路を高架化して踏切をなくし、道路の混雑を緩和する「連続立体交差事業」(連立事業)が各地で行われています。鹿児島本線と豊肥本線が乗り入れている熊本駅でも、連立事業による高架化が完成。

線路を高架に切り替える工事の様子を密着取材しました。

道路混雑の緩和を目指すプロジェクト

 鹿児島本線と豊肥本線が分岐する熊本駅の周辺で進められてきた在来線の高架化プロジェクトが、最終段階を迎えています。2018年3月16日(土)の深夜、最後まで残っていた鹿児島本線(下り線)と豊肥本線の地上線路が閉鎖。3月17日(日)の早朝から、在来線のすべての列車が高架線路を走るようになりました。

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営業列車では地上ホームを最後に発車した三角行き普通列車。背後には翌日から全面的に使用を開始する高架ホームが見える(2018年3月16日、草町義和撮影)。

 この高架化は、熊本県が中心となって進めている「JR鹿児島本線・豊肥本線連続立体交差事業」の一環。上熊本駅と熊本駅を含む合計約7kmの在来線の線路を高架化し、15か所の踏切を解消して道路混雑の緩和や地域分断の解消を目指すものです。

 線路の高架化では、駅の前後にある地上の線路から高架橋に設置した線路につなげるための切替工事を行わなければなりません。多くの場合、切替工事は終列車の発車後から翌日の初列車までの短い時間内で行われます。前日まで地上を通っていたはずの線路が、一夜にして高架の線路に生まれ変わるのです。

 実際に高架化で駅の線路やホームがどのように変わるのか、そして切替工事はどのように行われるのでしょうか。

高架化前日の3月16日(金)の15時ころ、熊本駅を訪ねてみました。

 かつての熊本駅のホームはすべて地上に設けられていましたが、2011(平成23)年3月に九州新幹線の高架ホーム(11~14番線)が開業。続いて2015(平成27)年3月には、鹿児島本線の一部の列車が発着する高架ホームがひとつ(4~6番線)だけ使用を開始しました。そして今回、最後まで地上に残った0番A線、0番B線、1番線、2番線の各ホームを閉鎖し、高架ホームの1~3番線に切り替えられることになります。

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すべて地上ホームだったころの熊本駅(2005年5月、草町義和撮影)。
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最終日の0番A・B線ホーム(2018年3月16日、草町義和撮影)。
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最終日の1番線ホーム(2018年3月16日、草町義和撮影)。

 1番線ホームに移動してみると、線路を挟んですでに完成した高架駅が西側の景色を遮っています。ホームや線路の脇では作業員の集団がいて、周囲の構造物を見ながら歩いていました。深夜から始まる切替工事の事前チェックを行っているようです。

「0番」閉鎖を惜しむ人々

 夜も更けてきた22時ころ、熊本駅の東側にある駅舎(白川口)を再び訪ねました。ふと改札口の脇を見ると、「熊本駅高架化工事に伴う列車の運休及び代行輸送について」と題した案内が設置されています。

そばにいた駅員も、最終列車が運休することを大声で案内していました。

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0番A線ホームの脇では切替工事の準備が進む(2018年3月16日、草町義和撮影)。

 高架化の最終段階である地上線路から高架線路への切替工事は通常、深夜の営業終了から翌朝の営業開始までの間に行われます。ただ、工事の内容によっては時間がかかる場合もあるため、深夜や早朝の列車を運休する場合もあります。

 熊本駅の切替工事の場合、鹿児島本線の植木~熊本~宇土間と、豊肥本線の熊本~平成間が切替工事のため運休します。鹿児島本線では、0時13分に熊本駅を発車する終列車を含む合計3本が運休。豊肥本線も23時26分から0時07分にかけて、熊本駅を発着する合計4本が運休する計画です。また、熊本駅を23時15分に発車する三角行きは6分繰り上げて23時09分発に変更されています。

 これにより、3月16日(金)の終列車の発車時刻は通常より約1時間早い23時09分になり、本格的な切替工事の開始時刻も1時間早められるというわけです。

 改札を抜けて0番A・B線ホームに向かうと、列車にカメラやスマホ、タブレットを向けている人が大勢いました。「0番」を名乗るホームは全国的にも珍しく、今回の高架化で熊本駅からは消滅します。あと少しで消える「0番」の姿を記憶にとどめておきたいということなのでしょう。

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23時10分以降の列車は運休。
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0番A線ホームを最後に発車する列車にカメラを向けている人たち。
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1番線ホームから地上ホーム最後の営業列車が離れる(2018年3月16日、草町義和撮影)。

 23時05分、0番A線ホームから豊肥本線の肥後大津行き最終列車が発車。続いて23時09分には、隣接する1番線ホームから三角行きの最終列車も発車しました。とくにセレモニーが行われることはなく、利用者の少ない深夜ということもあって、ちょっと寂しさが漂う「最後」です。その直後、0番B線ホームにいた豊肥本線の回送列車が発車。これにより地上のホームから車両の姿が完全に消えました。

工事は切替地点だけではない

 ここからはいよいよ工事が本格化します。線路の切替地点は熊本駅から少し離れたところにありますが、駅の構内でも全面高架化に対応するための工事が行われます。白川口にある駅舎の在来線改札口では、自動改札機の撤去作業が始まりました。

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案内表示の張り替え作業(2018年3月16日、草町義和撮影)。

 駅の東側にある白川口と西側の新幹線口をつなぐ、仮設通路の工事も始まりました。従来は地上の在来線をくぐる地下通路で白川口と新幹線口が結ばれていて、階段を上り下りする必要がありました。今回の全面的な高架化で地上の線路が閉鎖されるため、1番線ホームの線路をまたいで新幹線口のコンコースにつなげる通路を仮設し、階段を上り下りすることなく東西を移動できるようにするわけです。

 仮設通路の工事と並行して、案内板の表示を切り替える作業も始まっていました。作業員は従来の案内表示をきれいに拭き、その上から重ねるようにして、新しい案内のシートを貼り付けています。線路やホームが別の場所に移るわけですから、その案内も変えなければ利用者の混乱を招きます。一連の作業のなかでは地味ですが、案内関係の切替も重要なのです。

 地下通路を通って新幹線口に出てみると、代行バスを待つ人が列を作っていました。駅前広場では5~6台くらいのバスが停車しています。列車を運休して切替工事を行う場合は代行輸送の実施も必要です。

 日付変わって3月17日(土)未明の2時、白川口の改札口にあった自動改札機は5通路のうち3通路分が撤去されていました。仮設通路も床板の設置がほぼ完了しています。

ここから線路近くの道路を南へ約1km歩き、2か所ある切替地点のうち南外れの切替地点に向かいました。

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白川口の改札口にあった自動改札機は営業終了後に一部撤去された。
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1番線ホームと高架駅舎を結ぶ仮設通路の設置工事が始まった。
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西側の新幹線口で発車を待つ代行バス。

 今回の工事の切替地点は、熊本駅の南側と北側の2か所。このうち南側は、さらに鹿児島本線(下り線)と豊肥本線のふたつに分けられます。両線の線路に挟まれた貨物列車用の留置線がある場所に入ると、東側で豊肥本線、西側で鹿児島本線(下り線)の切替工事が行われていました。

レールの位置を調整する「エイサッ!」

 豊肥本線の切替地点では、レールをつなぎ直す作業がすでに完了。レールと枕木の下に敷かれた砂利(バラスト)の突き固め作業やレールの位置の調整作業などが行われていました。

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「エイサッ!」の掛け声に合わせてレールの位置を調整(2018年3月17日、草町義和撮影)。

 JR九州の関係者によると、豊肥本線の切替地点は長さが約100m。この部分の線路を西側へ最大約3mずらし、現在は熊本駅の地上ホームにつながっている線路を高架橋の線路につなぎ直します。

切替工事に携わっている作業員は全体で400人。このうち150人が鹿児島本線の切替工事を担当し、40人が豊肥本線の切り替えに従事しているといいます。

 レール位置の調整は、5~6人の作業員がレールの脇で一列に並び、棒をレールに当てるように突き立ててから作業を開始。「エイサッ、エイサッ、エイサッ、エイサッ」という掛け声にあわせて棒を動かし、レールの位置を調整していきました。

 また、定規のような計測器具をレールの上に置き、2本のレール幅(軌間)や勾配の角度などをチェック。ほんの数ミリでもずれれば、脱線や転覆などの大事故につながる可能性があるため、作業員の目は真剣そのものです。ずれがある場合は微調整を行います。

 関係者は「カーブがある部分での切り替えは、直線より難しい」と、話を続けます。今回の切替地点の場合、鹿児島本線は直線ですが、豊肥本線は工事が難しい緩いカーブを含んでいます。深夜の列車を一部運休して作業時間を拡大したのも、カーブを含む切替になったことなどがあるようです。

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土木機械を使った線路の切替作業(2018年3月17日、草町義和撮影)。
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計測器具を使って微調整を行う(2018年3月17日、草町義和撮影)。
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線路だけでなく架線の切替も行われていた(2018年3月17日、草町義和撮影)。

 切替地点の奥の方では、数人の作業員が架線を支える柱に取り付いていました。電化された路線では、線路の切替だけでなく架線の切替も必要です。高所での危険が作業が続いています。これに加えて信号関係の切替作業も行い、高架化の切替工事が完了することになります。

「高架」の「効果」さっそく現れる

 新しい高架ホームを一番最初に出発するのは、5時24分発の豊肥本線・肥後大津行き普通列車。この列車で使う車両を熊本駅に入れるための回送列車の運転も考慮すると、遅くとも5時までにはすべての作業を終わらせなければなりません。限られた時間のなかで、気の抜けない作業が続きます。

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地上線路の切断作業(2018年3月17日、草町義和撮影)。

 切替地点を離れて4時30分ころ、3度目となる熊本駅の白川口を訪ねました。仮設通路は雨よけの屋根も含めてすべて完成。5時少し前に開放され、ほぼ同時に地下通路が閉鎖されました。

 こうして5時24分、全面高架化後の最初の列車となる豊肥本線・肥後大津行き普通列車が真新しい1番線ホームから発車。熊本県知事らが出席する記念の出発式こそ行われましたが、実際に列車に乗り込んだ人は少なく、熊本駅の「新しい時代」は静かに始まりました。

 ただし、在来線の高架化は完了しても、高架化プロジェクト自体はまだ終わっていません。今後は使用を停止した線路や駅舎を撤去し、空いた土地を再開発します。熊本県やJR九州によると、白川口にある駅前広場の拡張工事を2019年度に完了させる計画。2021年ころには白川口の南側に新しい駅ビルがオープンする予定です。

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完成した仮設通路。
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熊本駅の新しい在来線ホーム。右側の1~3番線が今回の切替工事で新たに使用を開始した。
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廃止された踏切を自動車がすいすい走る。

 全面高架化から9時間後、熊本駅の南側にあった踏切を訪ねてみました。線路は柵で仕切られて遮断機も撤去。警報器の警報灯は黒いビニールで覆われていました。道路の前後では渋滞することなく自動車がすいすいと流れていて、この高架化プロジェクトの効果がさっそく現れています。もっとも、踏切がなくなったことに慣れていない人もいるようで、一部の自動車は一時停止していました。

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