移動を快適にするため、新幹線や有料特急列車は座席の進化が続いています。しかし通勤電車も負けてはいません。

乗客が快適に利用できるよう形状や材質の改良が続けられ、掛け心地の工夫が続けられています。

収容力と快適性の狭間で

 通勤電車の座席は何十年も前から、窓に背を向けて座るロングシートが主流です。特急列車やクルーズトレインなどはメディアでその豪華な内装や座席がたびたび紹介されますが、通勤電車は多くの乗客を効率良く運ぶための車両であり、ロングシートもその一環で設計されている設備であるため、掛け心地が話題に上ることはあまりありません。

 しかし、そのロングシートも、日々改良され進化しています。

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バケットシートでは背中や太ももが入るくぼみを作り、体が座席にフィットすることで掛け心地を向上させている(画像:児山 計)。

 分かりやすいのは、1人当たりの占有幅。

1960~70年代は1人当たり400~430mmで座席は設計されていましたが、現在は440mm以上が主流。関西では475~480mmといったゆったりとした座席もあります。

 しかし、座席の幅を増やしても車両の寸法は容易に変えられないため、立席スペースやトータルの座席定員が減少するケースもあります。特にドア横のスペースが圧迫されてしまうと、ドア脇に立つ人によって乗り降りの流れが悪くなるデメリットもあるため、鉄道事業者は自社の混雑状況に合わせて座席の幅を慎重に決定しています。

実は進化している通勤電車の座席 バネからウレタンへ、人間工学に基づく設計も

1人当たりの座席幅を広げればゆったり座れるが、ドア脇のスペースを圧迫し、スムーズな乗降を阻害するデメリットがある(画像:児山 計)。
実は進化している通勤電車の座席 バネからウレタンへ、人間工学に基づく設計も


実は進化している通勤電車の座席 バネからウレタンへ、人間工学に基づく設計も

着席客と立ち客が干渉しないよう仕切りを付けた例。
写真の阪神5700系は仕切りを曲げて立ち客には腰掛け、着席客には肘掛けのスペースを作っている(画像:児山 計)。

 ドア横のスペースは乗り降りしやすいため、座席に座れなかった人が真っ先に立つ傾向にある場所です。ここに乗客が立って座席のパイプに寄り掛かると、立ち客の腰と、着席している客の頭が当たってしまいます。

 そこで最近の電車では大きな仕切りを立てて、立ち客との干渉を防いでいます。これもまた、快適に利用してもらうための工夫です。

材質が変わり掛け心地アップ 利用者の声を反映した事例も

 座席の材質も昔と今では変わっています。

 かつては座席のクッションにばねが使われていました。一部の鉄道ではクッションが利くことから現在も好まれて採用されていますが、首都圏ではウレタンなどを充填成型したバケットタイプの座席が主流となっています。

 この座席はばねより掛け心地は硬いものの、成型の自由度が高く、より体にフィットした形の座席を作れるメリットがあります。背骨の形状に合わせて背面をカーブさせたり、太ももがすっぽり入るくぼみを付けたりすることで体と座席が触れる面積を増やし、体重を座席全体が支えるような構造として疲れにくくする工夫が可能です。

 最近では鉄道事業者がより快適に車内で過ごしてもらうために、利用者の声によって座席が改善された例もあります。

 東京メトロ有楽町線・副都心線10000系の座席は、2010(平成22)年に利用者の声を受けて形状を変更。

背面に丸みを付けるなど改良を施し、掛け心地を改善しました。この改善について同社は駅のポスターで、「より座り心地の良いイスへ」という文言を付けてアピール。座席の掛け心地が旅客サービスにおいて重要であることを示しました。

人間工学に基づく新型座席を採用

 ここ数年、首都圏の大手私鉄が相次いで導入している通勤ライナーは、帰宅ラッシュ時に快適な座席に着席して帰れる列車です。一部のライナーは座席の向きを変えられるデュアルシート(マルチシート)を装備した車両が充当され、ライナー運用時は基本的に進行方向を向いたクロスシート、それ以外はロングシートで使われています。

実は進化している通勤電車の座席 バネからウレタンへ、人間工学に基づく設計も

通勤ライナーが一般列車の運用に就くときは、座席の向きが変わるが掛け心地は変わらない。
写真は東武50090型のマルチシート(画像:児山 計)。

 ライナー以外の運用では座席の向きこそ変わりますが、座席そのものは快適なライナー用。そのゆったりとした座席を普通運賃だけで利用できます。

 元々、このデュアルシート車両は、関西の近鉄で「L/Cカー」などとして存在していましたが、これが首都圏の輸送事情にマッチして、東武東上線の「TJライナー」を皮切りに西武鉄道や京王電鉄も採用。東急電鉄も大井町線・田園都市線に投入することを発表しています。

 また、新交通システムのゆりかもめ、東京都交通局日暮里・舎人ライナー、埼玉新都市交通「ニューシャトル」などは、三菱重工が人間工学に基づいて開発した新型座席「G-Fit」が一部車両に採用されています。

この座席はロングシートながら背面に15度の角度を持たせ、座面も疲れにくい高さと奥行きを実現した座席で、体にぴたっと吸い付くような独特の掛け心地です。

 このように、通勤電車の座席も時代とともにどんどん改良され、快適になっています。特に複々線化などの抜本的な改良が行われ、輸送力に余裕が出てきた路線では、収容力重視から快適性重視への方針転換もみられはじめています。これからますます、快適な通勤電車が増えていくことが期待できそうです。

【写真】従来より背面が高い新型座席「G-Fit」

実は進化している通勤電車の座席 バネからウレタンへ、人間工学に基づく設計も

三菱重工が開発した鉄道車両用座席「G-Fit」。人間工学に基づいた背面角度と高さをロングシートで実現した(画像:児山 計)。