安全確認などで列車の急ブレーキを体験したことある人は少なくないと思いますが、急ブレーキをかけてから止まるまでどのくらいの距離を進んでいるのでしょう。

列車が止まるまでの距離はクルマの3倍以上

 子どもの交通安全教育では「自動車は急に止まれない」と習い、道路の飛び出しが危険であることを学びます。

高速で走る乗りものである鉄道も、自動車と同じく急に止まれません。それどころか、止まるまで自動車よりもはるかに長い距離を走ってしまいます。

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新幹線の制動距離は最高速度からおよそ4000m以内。大地震発生時などに一刻も早く止まれるよう、ブレーキの研究が続けられている(児山 計撮影)。

 警察庁が公開している「速度による停止距離」によると、たとえば80km/hで走っている自動車が急ブレーキで止まるには、ブレーキを踏んでから効き始めるまでの空走距離22mと、そこから止まるまでの制動距離36mを合わせた58mを必要とするそうです。

 では、鉄道車両はというと、車両性能によっても異なりますが80km/hから非常ブレーキ(毎秒4.5km/h)をかけると、空走距離と合わせて停止までおよそ200~250m。自動車の約3.4倍以上もの距離が必要です。

 運転台の後ろで運転士の動作を見ていると分かりますが、駅に止まるとき、だいぶ前の地点からブレーキ操作を行っています。もっと強いブレーキをかけられないものかとも思いますが、電車は1両あたり30~40tと重く、さらに鉄のレールの上を鉄の車輪で走っているため、ブレーキを強くかけても車輪がロックして滑ってしまい、かえって制動距離が伸びてしまうおそれがあります。

新幹線や海外の電車事情

 かつて国が定めた鉄道の規則では、鉄道車両は非常ブレーキをかけてから600m以内に止まれなくてはならないと決められていました(鉄道運転規則第54条)。下り勾配や悪天候のような状況が重なるとさらに制動距離が伸びますし、平坦な線路でも雨が降ると制動距離が伸びます。そういった条件も考慮すると、最高速度はおおむね120~130km/hあたりが上限となります。

列車は急には止まれない! クルマと大きく異なる鉄道ブレーキ事情

熊本市電の9700形はドイツのメーカーの技術を取り入れた低床路面電車で、電磁吸着ブレーキによる急減速が可能だが、乗客の転倒防止のため使われていない(児山 計撮影)。

 しかし600m先まで前方がクリアに見えるとは限りません。カーブ区間は先が見えませんし、直線区間も霧や夜など条件が悪くなれば見通しが大幅に悪くなります。

 そこで鉄道では、接触事故の危険性が高くなる駅や踏切には非常停止ボタンを設置し、運転士が目視できなくても信号で危険を知らせるようにして安全を確保しています。

 一方、国内には120~130km/hほどより速く走る列車もあります。たとえば新幹線は、線区によりますが最高320km/h。ブレーキはおおむね4000m以内で止まれるよう設計・設定されています。しかしここまで制動距離が伸びると、目視で危険を察知することはできません。そのため新幹線では開業時から踏切を設けず、すべての道路と立体交差にして人やクルマが線路に立ち入れないようにしているのです(いわゆる「ミニ新幹線」の山形・秋田新幹線の区間は在来線扱いのため除く)。

 また、安全運行を法律面からもサポートすべく、新幹線特例法を制定しています。たとえば線路内に物を投げ込んだり、線路内に立ち入ったりすると法によって厳しく罰せられます。

海外ではもっと急なブレーキも

 日本の鉄道車両は、非常ブレーキの減速度は毎秒4~4.5km/hほどですが、海外ではもっと急なブレーキをかける車両があります。

 ヨーロッパの路面電車は、細い路地を走り、急な飛び出しにも備えるため、強力な磁石をレールに吸着させて停止する電磁吸着ブレーキを使い、毎秒10km/hなどの急制動を実現しています。

 日本の路面電車も、ドイツ企業と提携して製造した熊本市電の9700形などはこのブレーキを装備していますが、実際は急ブレーキで車内の乗客が転倒してけがをすることを防ぐため、使われていません。このあたりはどちらが良い悪いというよりは、お国柄や国民性が反映されているといってもよいでしょう。

 いずれにしても、急ブレーキは強い衝撃がかかるため、普段から車内ではつり手や手すりにつかまって、万が一のときもけがをしないよう気を付けたいものです。

【写真】異常をいち早く伝える踏切の非常ボタン

列車は急には止まれない! クルマと大きく異なる鉄道ブレーキ事情

道路と線路が交わる踏切は鉄道にとっての危険ポイント。鉄道会社も非常ボタンや障害物検知装置を設置して保安に努めている(児山 計撮影)。

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