「フラグシップモデル」「旗艦店」といった表現の基となっている「旗艦」ですが、2018年現在、およそそれらのイメージとはかけ離れたものといえるでしょう。日本にも縁深い、米海軍第7艦隊旗艦「ブルーリッジ」を例にその実情を解説します。
皆さんは「旗艦」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。おそらく多くの方は、太平洋戦争中に活躍した旧日本海軍の戦艦「長門」や「大和」、さらにさかのぼって日露戦争で日本海海戦を戦った戦艦「三笠」を思い浮かべるかもしれません。しかし、現代の西太平洋において最強の艦隊といっても差し支えないだろうアメリカ海軍第7艦隊の旗艦は、そのようなかつて旗艦をつとめていた、強力な大砲と装甲をそなえる戦艦とは対照的に、きわめて限定的な武装しかもたない艦艇がその任についています。その艦の名は「ブルーリッジ」です。
横須賀を母港とするアメリカ第7艦隊の旗艦「ブルーリッジ」。ブルーリッジ級揚陸指揮艦の1番艦(画像:アメリカ海軍)。
そもそも「旗艦」とは、艦隊の司令官とその部下が乗艦して指揮をとるための艦艇の事で、現在アメリカ第7艦隊においてその任についているのが「ブルーリッジ」です。「ブルーリッジ」は1971(昭和46)年に就役したアメリカ海軍初の本格的で近代的な揚陸指揮艦(敵地に上陸する部隊などを指揮する専門の艦艇)で、言い換えれば「移動司令部」となります。従来、同様の任務は商船を改造した艦艇が担っていましたが、「ブルーリッジ」は当初から指揮統制を行う艦艇として就役しました。
就役から9年後の1979(昭和54)年に「ブルーリッジ」は日本の横須賀に前方配備され、以降現在まで、一部の期間を除いて約40年もの間、アメリカ第7艦隊の司令官が乗艦する第7艦隊旗艦として専属的に活動しています。また、「ブルーリッジ」は2011(平成23)年に発生した東日本大震災における、アメリカ軍が実施した「トモダチ作戦」に参加し、救援物資の輸送や参加部隊の指揮統制などを行いました。
そんな「ブルーリッジ」ですが、2011年に就役期間を2039年まで延長することが決定されたため、就役から40年経過しアメリカ海軍が運用する最古参艦となっても、まだまだ引退することはありません。
「ブルーリッジ」は全長190m、幅32mで、約600名の乗員によって運用されています。またこのほかに、第7艦隊を指揮するための要員や海兵隊員なども一緒に乗艦しています。

「ブルーリッジ」は艦齢40年を越える米海軍最古参艦。2018年1月には大規模な近代化改修が完了した。写真は改修前、2016年4月撮影のもの(画像:アメリカ海軍)。
武装は限定的で、接近するミサイルなどを近距離で迎撃するための近接防御火器(CIWS)に加え、小型舟艇などを攻撃する機関銃などが装備されているのみです。船の外観は非常に特徴的で、真っ平らな甲板上には球状のレドームに覆われた各種通信装置以外にほとんど構造物が見当たりません。これは「ブルーリッジ」の、指揮統制を行うために必要な通信装置が、ほかの構造物によって電波干渉を受けてしまうことを避けるための設計で、これによって「ブルーリッジ」は、自らの通信能力を最大限発揮することができます。それら通信装置、さらに艦内に分散配置されている最新鋭のコンピュータや情報処理システムによって、世界中でアメリカ軍が収集した情報データや、商用、軍事衛星の収集したデータを受け取とり、艦内にある大型モニターなどへ映し出すことができます。これにより、乗艦している第7艦隊司令官や司令部要員が、いま現在第7艦隊が活動している地域の空中、地上、水上、水中で何が起こっているかを正確に把握することができ、そして第7艦隊に所属する各艦艇や航空機がどう行動すべきかを、司令部が客観的に判断することができるのです。

東日本大震災の際、「ブルーリッジ」はシンガポールに寄港中で、その平らな甲板に物資を山積みにして日本へ急行したという(画像:アメリカ海軍)。
また、「ブルーリッジ」には衛星通信によって遠く離れた場所にある司令部などとテレビ会議を行うことが可能で、たとえばハワイにある太平洋軍司令部ともリアルタイムで会議を行うことができます。さらに「ブルーリッジ」は2018年1月、実に19か月にもおよぶ大規模改修を終え、このあいだに船体の改修やシステムの近代化などが行われ、今後さらなる活躍が期待されます。
過去の旗艦では艦隊を指揮するための通信機能が重視されましたが、その後時代の変化にあわせて司令部要員の居住スペースなども必要となり、情報の収集や整理を行う能力も必要となっていきました。「ブルーリッジ」はそれらの機能をすべて備えた、まさに理想的な艦艇といえます。
実は「旗艦」がなくなりつつある現在、「ブルーリッジ」が必要な理由先ほども述べたように、アメリカ海軍は「ブルーリッジ」を2039年まで運用することを決定し、そのための大規模な改修まで行われました。つまり、アメリカ海軍にとって、「ブルーリッジ」は今後も必要不可欠な存在と考えられていることが分かります。その理由はさまざま考えられますが、特に「ブルーリッジ」がまさに移動司令部であることに由来する理由が大きいのではないかと筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は感じます。

「ブルーリッジ」同型艦である揚陸指揮艦「マウントホイットニー」の指揮所(画像:アメリカ海軍)。
そもそもブルーリッジのように艦艇の中に司令部を置くという例は現在では珍しく、たとえば海上自衛隊は過去には旗艦を配置していましたが、1963(昭和38)年に海上自衛隊の主要部隊を統括する自衛艦隊司令部が横須賀の陸上施設に移転したため、これ以降旗艦制度は廃止されました。これは、通信能力の進歩によって陸上施設からでも部隊を指揮できるようになったことや、移動司令部を必要とするレベルの活動範囲、ましてや我が国から遠く離れた海域での戦闘を海上自衛隊が想定していなかったためではないかと思われます。
さらにアメリカ海軍のほかの艦隊も、たとえば東太平洋を担当する第3艦隊や南アメリカ大陸周辺を担当する第4艦隊などは、その司令部をいずれもアメリカ本土に置いています。これは、これらの艦隊がアメリカ本国に近い場所を担当していることや、国家同士が衝突するような安全保障環境ではないことなどが考えられます。

「ブルーリッジ」同型艦である揚陸指揮艦「マウントホイットニー」のモニタールーム(画像:アメリカ海軍)。
一方でアメリカ海軍第7艦隊の担当地域は、アメリカ本土から遠く離れた西太平洋の大部分やインド洋までを含む広大な範囲で、そのなかには北朝鮮問題を抱える日本海や、中国による海洋進出が活発化している東シナ海や南シナ海など、紛争の火種になりうるような海域も多く含まれています。そこで、もしアメリカ軍がこうした地域での紛争に関与することとなった場合、「ブルーリッジ」のような移動司令部があればどのような場所であろうと迅速に展開でき、アメリカ軍のみならず現地にいる他国軍ともスムーズな調整ができます。また、平時から「ブルーリッジ」がさまざまな地域に自ら赴くことができるため、他国との相互理解促進やより強力な協力関係を構築できます。こうした理由から、第7艦隊には「ブルーリッジ」が依然として必要なのです。
【写真】「ブルーリッジ」の平らな甲板を真上から

東日本大震災の際には米軍の「トモダチ作戦」に従事し、その平らな甲板に物資を満載ししたという(画像:アメリカ海軍)。