「陸の王者」ともいわれる戦車ですが、単独ではとても戦えたものではなく、それは歴史が証明しています。90式戦車を擁する陸自「機甲師団」の射撃訓練を通し、実際のところどのように戦っているのかを見ていきます。

実は結構やられている戦車

 戦車が登場するゲームは多々あります。自らの操縦で戦場を駆け回り、敵を撃破していくタイプのものも、まま見られます。戦車のスペックが非常によくリサーチされているなど、ゲームとしては良くできているものもありますが、しかし、リアルの戦車戦とはまったく別物です。

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陸上自衛隊第7師団の総合戦闘射撃訓練にて。集結する90式戦車(月刊PANZER編集部撮影)。

 たとえばリアルでも、強力な戦車ばかり集めて突撃したら無敵のように思えるかもしれません。1973(昭和48)年10月に、イスラエルとエジプト・シリアのあいだで勃発した「第4次中東戦争」では、実際にイスラエル軍が戦車だけの部隊でエジプト軍陣地に突撃しました。しかし、隠れていたエジプト軍歩兵による対戦車ミサイルなど対戦車火器の攻撃で、イスラエル軍の戦車は次々と撃破され大損害を出しました。戦車が歩兵に負けたのです。イスラエル軍戦車部隊には、砲兵の援護射撃や歩兵の同伴がなく、隠れた対戦車火器を制圧できなかったのが原因です。

 この戦いは“戦車業界”にとって衝撃的であり、戦車は「やられ役」扱いで、戦車不要論まで唱えられたほどです。1994(平成6)年に発生した「チェチェン紛争」でも、ロシア軍の戦車部隊が単独で市街地に入り込み、物陰に隠れた敵兵から対戦車火器で撃たれまくり、大損害を出しました。

戦車が一方的にやられたもっともなワケ

 戦車がこれほどまでに、一方的にやられてしまったのは、おもに視界と武装に問題があったからです。

 ゲームでは、モニター画面上に周りの様子がよく見えるよう表示されているなどしますが、リアルでは搭乗員が戦車のなかに入ってしまうと、外の様子はとても分かりにくくなります。比較的、周りが見えるのは車長だけで、操縦手は前だけ、砲手は大砲の向いている方向しか見えていません。テレビカメラやセンサー類が発達してきていますが、埋められている地雷や物陰からコッソリ近づく敵兵に気が付かないこともあります。

陸上戦が戦車だけでは勝てないワケ 歴史が証明、単独ではとても無理! 実際どう戦う?

第4次中東戦争でエジプト軍が使用した対戦車ミサイル「9M14マリュートカ」。有線誘導で潜望鏡を覗きつつミサイルを操縦。写真はポーランド軍(画像:ポーランド陸軍)。

 さらに、戦車の大砲は強力ですが、直接見える敵しか狙えません。こちらには見えない位置から撃ってくる敵の砲兵や、対戦車ミサイルに反撃するのは困難です。敵の飛行機やヘリコプターもしかりで、これらが現れたら逃げ隠れすることしかできません。

 戦車部隊が戦闘任務を遂行するには、そうした脅威に対し、戦車を援護する砲兵、戦車の見えにくい場所をカバーする味方歩兵、敵の航空機に反撃する対空部隊など、いろいろな職種の協力が不可欠です。

 このように、戦車はゲームのように単独で戦うことはありません。

というより、戦えないのです。

リアルな戦車部隊を動かすには

 前述のような弱点が露呈している戦車ですが、それでは現実の戦車部隊は、どのように運用されているのでしょうか。

 北海道には日本唯一の「機甲師団」、第7師団が置かれています。「機甲」とは「機械化装甲」の略語で、第7師団は3個戦車連隊を基幹とし、普通科部隊(歩兵)や特科部隊(砲兵)もすべて装甲化(装甲車や自走砲などを装備)されています。また、「第7師団」は明治時代から北の守りを担ってきた、歴史ある部隊名称です。

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射撃場へ横一線に展開した戦車部隊。やや後方が中隊長車。(月刊PANZER編集部撮影)。
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前進開始。エンジンを吹かす、射撃場に入った90式戦車(月刊PANZER編集部撮影)。
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射撃場を前進する89式装甲戦闘車(月刊PANZER編集部撮影)。

 その第7師団は例年、厳寒の冬季に、総合的な火力攻撃力を高めるため実弾を使った統合戦闘射撃訓練を実施しています。

2019年も1月11日から19日にかけ、北海道大演習場(北海道札幌市、北広島市、恵庭市、千歳市)にて行われました。

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身を隠す90式戦車。隠れ場所を見極めるのもスキルのひとつ(月刊PANZER編集部撮影)。
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雪中用カモフラージュシートをかぶせた87式戦車回収車(月刊PANZER編集部撮影)。
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99式155㎜自走りゅう弾砲も林で待機(月刊PANZER編集部撮影)。

 第7師団の主力は戦車部隊ですが、装甲車に乗った普通科部隊、自走砲部隊、施設部隊、対空部隊、戦車回収車、衛生科部隊などが参加し、様々な車両が演習場を走り回ります。車両にはレーザー交戦訓練装置(通称バトラー:銃器に取り付けたレーザー光線発射装置により、実弾を使用することなく実戦同様の交戦訓練が可能な訓練機材)も取り付けられ、味方にも損害(想定)が出ます。射撃場では敵に見立てた標的が突然無作為に表れ、実弾で命中弾を与えなければなりません。緊張を強いられる実戦的な訓練です。

 取材時には、次のような訓練の様子が見られました。

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雪原ではスノーモービルも必需品。オートバイのように機敏(月刊PANZER編集部撮影)。

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薄暮に移動開始した90式戦車部隊。管制灯火のみ点灯(月刊PANZER編集部撮影)。
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夕闇せまる雪道を前進する73式装甲車(月刊PANZER編集部撮影)。

 夜間、普通科部隊が密かに、敵の様子を探る斥候(少数の偵察人員)を出します。雪原で小回りの利くスノーモービルも使われます。夜明け前には、戦車と装甲車に乗った普通科部隊が、敵前まで移動して待機します。そして攻撃開始。特科部隊が援護射撃を開始するなか、戦車と普通科も敵を射撃しながら前進しますが、前方に地雷原を見つけて動けなくなってしまいます。

実に大がかり、戦車が「最強」であるために

 進行方向に地雷原が見つかると、施設部隊(工兵)の出番です。地雷除去の準備をしますが、敵の攻撃で作業ができません。これを援護するため、敵がいると思われる地域を砲撃するよう、特科部隊に命令が出されます。とはいえ、当然敵も移動しているので、引き続き偵察監視も必要です。

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施設科の装甲車列。障害物や地雷の除去などを担当(月刊PANZER編集部撮影)。
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89式装甲戦闘車に続き施設科の73式装甲車(月刊PANZER編集部撮影)。
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99式155㎜自走りゅう弾砲。遠距離から戦車などを援護(月刊PANZER編集部撮影)。

 戦車に損害が出ると、戦車回収車や救護班の装甲車が出動、普通科は装甲車から降りて散開しながら徒歩前進します。一方で敵機接近の連絡が入り、対空部隊の投入が命令されます。

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78式戦車回収車(前)と90式戦車回収車。戦車の種類により回収車も別々(月刊PANZER編集部撮影)。
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様々な通信を担う通信部隊(月刊PANZER編集部撮影)。
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87式自走高射機関砲。空の敵は対処する専門部隊がいないと、戦車などは逃げ回るのみ(月刊PANZER編集部撮影)。

 こうした様々な状況が一度に展開され、射撃場には間断なく発砲音が響き渡り、戦車、装甲車が走り回ります。とにかく忙しいのです。敵も味方も動き回ってどんどん状況が変わります。

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訓練センター内の統裁室(月刊PANZER編集部撮影)。
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レーザー光線訓練装置のイメージ(月刊PANZER編集部撮影)。
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訓練センターの状況把握イメージ(月刊PANZER編集部撮影)。

 訓練の様子を監視し、交戦情報を集める訓練センターのシステムも大がかりです。演習場の様子はいくつものテレビカメラからモニター画面に映し出されます。有線電話、無線電話、パソコン、サーバーが何台も並び、多くのスタッフが張り付いています。ゲームイベントのようにも見えますが、モニター画面のなかで動いているのはバーチャルではなく本物の戦車、装甲車であり、隊員たちです。戦車は故障もしますし、生身の隊員は疲労します。

 本当にリアルを追及した戦車戦ゲームを作ろうとしたら、こんな訓練センター風のシステムが必要になってくるかもしれません。プレイしてみたいと思いますが、ゲームとして面白いかはまた別問題です。

【動画】一面の大雪原に展開、空から眺める第7師団総合戦闘射撃訓練
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