軍用機に描かれるイラストといえば、機首の「鮫の口(歯)」は定番で、航空自衛隊の偵察航空隊が擁する偵察機仕様F-4「ファントムII」にも描かれています。その起源はいつごろで、そしてなぜ鮫なのでしょうか。
多くのF-4「ファントムII」戦闘機を擁し、「ファントム・ネスト」とも呼ばれた茨城県の航空自衛隊百里基地ですが、2019年3月末をもって、3つある「ファントムII」飛行隊のうち1個飛行隊が姿を消しました。残るふたつの飛行隊が姿を消すのは今年度末。つまり、百里基地で「ファントムII」が飛ぶ姿を見ることができるのも、あと1年ありません。
航空自衛隊百里基地所属、第501飛行隊のRF-4E戦術偵察機。2019年4月撮影。よく見ると目の色が緑色(2019年4月、武若雅哉撮影)。
そうしたなか4月上旬、自衛隊で唯一の戦術航空偵察部隊であり、上述の「残るふたつ」のうちのひとつ、「偵察航空隊」第501飛行隊に所属するRF-4戦術偵察機(偵察機仕様「ファントムII」)の機首に、サメの口「シャークティース」が描かれました。
このシャークティース、いつごろから何のために描かれるようになったのでしょう。

第501飛行隊のRF-4E。最初から偵察機仕様で機銃がない(2019年4月、武若雅哉撮影)。

第501飛行隊のRF-4EJ。機首に機銃が残されている(2019年4月、武若雅哉撮影)。

第302飛行隊の「ファントムII」。1990年代撮影(嶋田康宏撮影)。
こうした軍用機の、機体へのペイントやマーキングの起源を辿ると、第1次世界大戦にまでさかのぼる、と、航空軍事ジャーナリストの嶋田康宏さんは話します。嶋田さんは元航空自衛官で、退職後に航空専門誌などに数多くの記事を執筆。航空機への同乗取材や現場取材の経験も豊富な航空軍事の専門家です。
「航空機にイラストを描くという行為が始まったのは、第1次大戦のさなかでした。貴族出身のパイロットが多いなかで、個人のマスコットキャラクターなどを機体に描いたり、所属部隊のマークを描いたりしたことが起源であるといわれています」(嶋田さん)
第1次世界大戦の終結にともない、こうした派手な塗装はいったん姿を消しましたが、第2次世界大戦が始まると、航空隊の兵士たちは再び様々なイラストを機体に描くようになったといいます。
なかでも、機首にイラストや標語などを描いた「ノーズアート」が広く知られています。
「鮫の口(歯)」の始まりはP-40から「ノーズアート」は、おもに部隊の士気高揚を目的に描かれたといいます。たとえば太平洋戦争中、東京空襲や広島への原爆投下作戦にも関わった、アメリカ陸軍航空隊のB-29爆撃機「ストレートフラッシュ」号のノーズには、洋式便器に流され苦しむ日本兵の姿がコミカルなタッチで描かれています。同軍ではほかにも、動物やアニメのキャラクター、女性のイラストなど、多彩なノーズアートが見られました。
「そして『シャークティース』、当時は『シャークマウス』と呼ばれていたのですが、これが登場したのもこの第2次世界大戦の時期で、最初に描かれたのはアメリカのカーティス・ライト社が製造したP-40という戦闘機でした」(嶋田さん)

シャークティ-スが描かれたP-40戦闘機(嶋田康宏撮影)。

アメリカの博物館に展示されているP-40戦闘機(武若雅哉撮影)。

B-29「ストレートフラッシュ」号。機首にノーズアートが見える(武若雅哉撮影)。
P-40の機首には大きなラジエーター(エンジンの冷却装置)が取り付けられており、その形状はまるでサメの頭のような形をしています。そこに目を付けたアメリカ陸軍航空隊の兵士がサメの口を描いたところ、それがとても格好良かったため、部隊の中で評判になり、「P-40といえばシャークティース」といわれるほど有名になっていったといいます。
やがてベトナム戦争が勃発すると、前線に投入されたF-4「ファントムII」のノーズを、シャークティースが彩るようになりました。
航空自衛隊にも、この文化が伝播しました。
「航空自衛隊機に本格的なシャークティースが描かれ始めたのは1980年代、隊内の技術競技会である『射撃大会』だったと記憶しています。この『射撃大会』は、いまでは『戦技競技会』と名称を変更しています」(嶋田さん)
この時、F-86「セイバー」戦闘機に描かれたシャークティースが最初だったそうです。ただし嶋田さんによれば、機首の形状から「あまり似合わないデザインだった」とか。

1997年まで航空自衛隊で運用されていたF-104戦闘機(嶋田康宏撮影)。

初期の第301飛行隊で見られたシャークティース(嶋田康宏撮影)。

第302飛行隊で見られたシャークティース。時代によって若干の違いがある(嶋田康宏撮影)。
その後、航空自衛隊においては、F-104「スターファイター」戦闘機やF-15「イーグル」戦闘機などにも描かれたシャークティースですが、F-4戦闘機に最初に描かれたのは、1998(平成10)年の第301飛行隊または第302飛行隊だったとのことです。
それから年月を経て、見た目の形状がほぼ同じRF-4戦術偵察機にも描かれるようになりました。ここしばらく姿を消していたシャークティースだったのですが、冒頭で触れたとおり、2019年4月に第501飛行隊でまた見られるようになりました。「機首の形状がサメに似ているように見えるF-4『ファントムII』には、シャークティースが良く映えます」と、嶋田さんも話します。
全機退役まで残すところわずかとなった航空自衛隊のF-4戦闘機ですが、こうして特別なマーキングが施されると、部隊の士気とともに、戦闘機ウォッチャーたちの士気も高揚します。
【写真】2006年退役、航空自衛隊F-1戦闘機のシャークティース

航空自衛隊のF-1戦闘機。1975年初飛行、2006年全機退役。全77機が生産された(嶋田康宏撮影)。