シンガポールは決して大国ではありませんが、地理的な要因もあり海軍は充実したもので、また陸と空の軍容も強力なものです。そのあり方は、日本の自衛隊が今後、直面するであろう問題の参考になるかもしれません。
2019年5月14日(火)から16日(木)までの3日間、シンガポールのチャンギ・エキシビションセンターで、海洋防衛装備展示会「IMDEX ASIA 2019」が開催されました。同イベントでは近隣のチャンギ海軍基地で、シンガポール海軍と外国から参加した海軍艦艇の公開も行なわれており、2年前の「IMDEX ASIA 2017」に続いて2度目の参加となった、海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦「いずも」や、今回が初参加となったオーストラリア海軍の強襲揚陸艦「キャンベラ」などが来場者の注目を集めていましたが、筆者(竹内修:軍事ジャーナリスト)は地元シンガポール海軍の充実ぶりに目を引かれました。
ステルス性能を追求したデザインの、シンガポール海軍フォーミダブル級フリゲート5番艦「シュープリーム」(竹内 修撮影)。
ブリティッシュコロンビア大学(カナダ)の研究プロジェクト「シー・アラウンド・アス」が2017年に発表したデータによれば、シンガポールの排他的経済水域面積は、日本(447万9388平方キロメートル)の約4200分の1にあたる1067平方キロメートルしかありませんが、太平洋とインド洋を結ぶ主要航路の一部である「シンガポール海峡」を抱えており、また日本と同様に国内に天然資源が少なく、経済の輸出への依存度の高い国でもあることから、シンガポールは海軍力の整備に力を入れています。
シンガポール海軍の、2019年5月現在のおもな戦力は、フォーミダブル級フリゲート6隻、ビクトリー級コルベット6隻、フィアレス級哨戒艇5隻、インディペンデンス級沿海域作戦艦5隻、エンデュアランス級揚陸艦4隻、潜水艦救難艦1隻、掃海艇4隻、アーチャー級とチャレンジャー級の2種類の通常動力攻撃型潜水艦各2隻で構成されています。
これらシンガポール海軍艦艇の大きな特徴のひとつといえるのが、徹底したステルス性能の追求です。
フォーミダブル級フリゲートは、ステルス艦の先駆けであるフランス海軍のラファイエット級フリゲートの設計を基に開発されているほか、シンガポールで設計されたインディペンデンス級もレーダー波を反射しにくい形状のマストを採用しています。また、海軍の特殊部隊が運用する特殊作戦艇は、SF映画やアニメのメカと見まごうほど、ステルス性能を追求した先進的なデザインを採用しています。
実は陸空軍もかなり強力シンガポールは国土面積も小さく、日本(約37万8000平方キロメートル、外務省発表)の約530分の1にあたる、722.5平方キロメートル(シンガポール政府発表)しかありませんが、空軍と陸軍も強力な戦力を備えています。

シンガポール海軍特殊部隊が運用する特殊作戦艇(竹内 修撮影)。

STエンジニアリングが発表した全通甲板を持つ強襲揚陸艦「エンデュアランス160」の模型(竹内 修撮影)。

シンガポール空軍の主力戦闘機F-15SG(竹内 修撮影)。
現在のシンガポール空軍は、F-15の多用途戦闘機型「F-15SG」と、F-16C/Dの2種類の戦闘機を運用していますが、シンガポール政府は2019年3月に、F-16の後継機としてF-35戦闘機を導入する方針を明らかにしており、STOVL(短距離離陸・垂直着陸)型のF-35Bの導入も取りざたされています。
シンガポール空軍はチャンギ(西)、チャンギ(東)、パヤ・レバー、センバワン、テンガーの、5か所の飛行場で航空機を運用していますが、敵からの専制攻撃で飛行場が使用不能になった場合は、高速道路を臨時の滑走路として使用する計画を立てており、そのための訓練も行なっています。
日本がF-35Bを導入して、いずも型に同機を運用する能力を与えるための改修を行なう理由のひとつは、万が一、先制攻撃を受けて飛行場の使用が不可能になった場合でも、戦闘機による反撃能力を維持することにありますが、シンガポールにおいてもこれと同様に、F-35Bが運用可能な強襲揚陸艦を導入して、戦闘機による反撃能力を維持すべきとの意見があります。これを受けてか、シンガポールの総合防衛企業であるSTエンジニアリングは、F-35Bの運用も可能な全通甲板を持つ強襲揚陸艦のコンセプトを発表しています。

STエンジニアリングが「バイオニクス」の後継として開発を進めている新型歩兵戦闘車「NGAFV」(竹内 修撮影)。
シンガポール陸軍は、ドイツから導入したレオパルト2戦車に、大幅な近代化改修を加えた「レオパルト2SG」戦車230両に加えて、国産の「バイオニクス」歩兵戦闘車440両、装輪装甲車「テレックス」800両を保有しており、質量共にヨーロッパ諸国を上回る装甲車戦力を備えています。
シンガポールはイギリスの植民地であった1942(昭和17)年に、マレー半島から侵攻してきた旧日本陸軍に10日足らずで攻略されるという経験をしており、国土に不釣合いなほど強力な装甲車戦力を備えている理由のひとつは、その苦い教訓によるものと考えられます。
そのあり方は自衛隊の参考になるかシンガポールは徴兵制を施行しており、男性には22か月から24か月の兵役が義務付けられています。兵役を終了した49歳までの男性は、有事の際には召集を受けて軍で勤務する仕組みとなっており、シンガポール軍は最大で約125万6000人規模となります。
ただ、シンガポールの人口は約563万8000名でしかなく、有事の際はともかく、平時において大規模な軍隊を維持することは困難です。このためシンガポール軍は少ない人員で防衛力を維持すべく、無人防衛装備の導入を積極的に進めています。
シンガポール空軍はイスラエルから「ヘロン1」と「ヘルメス450」の2種類のUAV(無人航空機)を導入して運用しているほか、陸軍も国産のUAV「スカイブレード」を80機保有しています。

シンガポール空軍が運用しているUAV「ヘルメス400」(竹内 修撮影)。

シンガポール海軍が運用している無人運用も可能な高速艇「Venus16」(竹内 修撮影)。

STエンジニアリングが開発を進めているUGV(無人車輌)「ジャガー6」(竹内 修撮影)。
前にも述べたように、シンガポールは国土の面積が小さく、シンガポール軍、とりわけ陸軍は優れた防衛装備品を揃えていても、国内ではそれを使用するための訓練が十分にできないという問題を抱えています。このためシンガポールは1975(昭和50)年に台湾とのあいだで、シンガポール陸軍の訓練を台湾で行なう「星光計画」という取り決めを締結しています。シンガポールは1990(平成2)年に台湾と断交しましたが、星光計画による台湾での訓練は継続されており、また近年はより訓練環境の整った、オーストラリアなどでの訓練も積極的に行なっています。
日本は少子高齢化に歯止めがかからず、将来の自衛隊の人員確保が困難になることが予想されます。またシンガポールに比べてはるかに国土は広いものの、実弾射撃訓練などに適した訓練施設はあまり多くありません。こうした状況を鑑みると、少ない人員で防衛力を維持するため、無人防衛装備品の導入を進め、また訓練環境の整った海外での訓練を積極的に行なっているシンガポール軍のあり方は、今後の自衛隊にとって、大いに参考になるのではないかと筆者は思います。
【写真】たとえるならフラスコ、個性あふれるインディペンデンス級

レーダー波を反射しにくいデザインのマストを採用した、シンガポール海軍のインディペンデンス級沿海域作戦艦(竹内 修撮影)。