アメリカのトランプ大統領が来日し、横須賀にて海上自衛隊の「かが」、続けてアメリカ海軍の「ワスプ」へ乗艦しました。「ワスプ」は初の横須賀寄港で、このために呼ばれたともいえます。

その背後にはもちろん、大きな意味があります。

大統領が乗艦、空母とは異なる「ワスプ」とその任務

 2019年5月28日(火)、アメリカのトランプ大統領が海上自衛隊横須賀基地に停泊中の護衛艦「かが」に乗艦し、安倍総理と共に日米同盟の強固さを世界に向けてアピールしました。さらにその後、トランプ大統領はこの海上自衛隊施設のすぐ隣に位置するアメリカ海軍横須賀基地に移動し、そこに停泊していたアメリカ海軍の強襲揚陸艦「ワスプ」に乗艦して、アメリカ軍の兵士に向けた演説を行いました。ちなみに、「ワスプ」が横須賀に停泊するのは今回が初めてのことです。

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アメリカ海軍の強襲揚陸艦「ワスプ」(画像:アメリカ海軍)。

「ワスプ」は一見、空母のような外観をしていますが、その任務は空母とは全く異なります。空母は、主として艦載機による艦隊防空や対地攻撃を任務としていますが、一方で「ワスプ」の任務は、敵が占領している地域に海から接近し、航空機や上陸用舟艇によって海兵隊を上陸させるための洋上拠点となることです。そのため「ワスプ」の艦内には、装甲車などを搭載するための大きなスペースや、それらを積み込んで上陸させる3隻の「LCAC(エアクッション型揚陸艇)」を搭載するウェルドック(注水して舟艇を艦内から直接発進させるための艦尾にあるスペース)が備わっています。また、飛行甲板や格納庫には戦闘機やヘリコプターなど約30機の航空機を搭載できるほか、艦を動かすために必要な約1000人の乗員に加えて、約1700人の海兵隊員を乗艦させることもできます。

「『ワスプ』+F-35B」と新しい「打撃力」のコンセプト

「ワスプ」は近年、アメリカ海軍史上初めてとなることをふたつ実施しています。ひとつは、最新鋭のステルス戦闘機「F-35B」を搭載して前方展開(紛争の発生を未然に抑止する目的で友好国に部隊を配備すること)を行ったことです。

 2018年3月、「ワスプ」はアメリカ海軍の艦艇としてはじめてF-35Bをともなっての実任務に就きました。

この「『ワスプ』+F-35B」という組み合わせが持つ意義については詳しく後述しますが、この前方展開に関して、実は「ワスプ」でトランプ大統領が行った演説でも次のように紹介されました。

「『ワスプ』は、昨年(2018年)これら最新鋭の航空機(F-35B)を配備した初めての艦となったときに、歴史を作った。おめでとう、君たちは最新の装備を持っている」

 わざわざ大統領の演説に盛り込まれるほどに、アメリカ軍にとっては重要なできごとであったことがうかがえます。

米軍艦「ワスプ」どんな艦? 海自「かが」に続きトランプ大統領が乗艦した大きな意義

横須賀基地で「ワスプ」に降り立ったトランプ大統領(画像:アメリカ海軍)。

 もうひとつの史上初は、「ワスプ」を中心とする部隊が、「攻撃力向上型遠征打撃群(Up-gunned ESG)」と呼ばれるコンセプトをはじめて実証したことです。このコンセプトについて見ていくためには、まずアメリカ海軍の編成について見ていかなければなりません。

 通常、アメリカ海軍は必要な場所へ海兵隊を上陸させるための態勢として、「ワスプ」のような強襲揚陸艦1隻と、海兵隊の部隊や車両を多数搭載するドック型揚陸艦および輸送艦各1隻の合計3隻からなる「両用即応群(ARG)」を編成します。さらに、この両用即応群に護衛のイージス艦や潜水艦を織り交ぜたものを「遠征打撃群(ESG)」といい、これによりアメリカ海軍は対地、対艦、対空、対潜とあらゆる領域への作戦を1つの部隊により行うことを可能としているのです。

「攻撃力向上型遠征打撃群」の要、F-35Bはどう働く?

 今回、「ワスプ」が実証した「攻撃力向上型遠征打撃群」は、アメリカ太平洋艦隊がはじめたコンセプトで、前述の両用即応群にイージス駆逐艦2隻とF-35Bを組み合わせ、攻撃力と生存性向上を図ったものですが、なかでも重要なのがF-35Bの存在です。

米軍艦「ワスプ」どんな艦? 海自「かが」に続きトランプ大統領が乗艦した大きな意義

「ワスプ」に着艦するF-35B(画像:アメリカ海軍)。

 F-35Bがあれば、その高いステルス性能を活かし、敵の対空ミサイルやレーダーなどが存在する危険な地域へと侵入してこれらを破壊し、海兵隊を安全に上陸させることができるほか、敵の戦闘機が接近してきた場合でも、高い対空戦闘能力やステルス性能を活かして有利に戦闘を進めることができます。

 また、F-35Bの有用な点はステルス性能だけではありません。

機体各部に設置された光学赤外線センサーや機首部の高性能レーダーにより、「F-35B」は数十km先の遠く離れた目標を発見し、それをデータリンクによって後方の味方部隊へ伝達することができるのです。これを使えば、海兵隊を上陸させる前に敵の現状を安全かつ正確に把握したり、あるいは揚陸艦部隊に接近するミサイルなどを早期に発見したりすることが可能で、これらにより作戦の成功と部隊の安全がより確実なものとなるのです。

「かが」と「ワスプ」が並んだ目的とは

 ところで、冒頭で説明したように、「ワスプ」が横須賀基地を訪れたのは今回が初めてのことですが、これが実現した背景には一体どのような事情があるのでしょうか。

 実は、トランプ大統領が横須賀基地を訪れ、「かが」と「ワスプ」に乗艦した5月28日(火)が、これまでアメリカが関わった戦争で亡くなった戦没者を追悼する「戦没将兵追悼記念日」だったというところに大きな意義がありそうです。というのも、「かが」も「ワスプ」もお互いに太平洋戦争中に戦闘によって撃沈された空母の名前(「加賀」「ワスプ」)を引き継いでいるのです。つまり、太平洋戦争中はお互いに激しい戦闘を繰り広げた日米両国が、いまや世界でも有数の強固な同盟関係にあることを強調する目的があったのではないか、と筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は考えます。

米軍艦「ワスプ」どんな艦? 海自「かが」に続きトランプ大統領が乗艦した大きな意義

「ワスプ」格納庫にて演説するトランプ大統領。左側にはF-35Bが見える(画像:アメリカ海軍)。

「ワスプ」は2019年末以降に最新鋭強襲揚陸艦「アメリカ」と交代することが予定されていますが、その「アメリカ」も「ワスプ」と同様にF-35Bを運用する能力を備えています。今後「強襲揚陸艦+F-35B」という組み合わせは、熱い注目を集めることとなるでしょう。

【写真】アメリカ海軍「攻撃力向上型遠征打撃群」のフォーメーション

米軍艦「ワスプ」どんな艦? 海自「かが」に続きトランプ大統領が乗艦した大きな意義

攻撃力と生存性のさらなる向上を図るという「攻撃力向上型遠征打撃群」のフォーメーション。写真左から、イージス駆逐艦、ドック型輸送艦、強襲揚陸艦「ワスプ」、ドック型揚陸艦、イージス駆逐艦(画像:アメリカ海軍)。

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