航空機から降下し任務を遂行する「空挺部隊」、いわゆる落下傘部隊は、世界各国の軍隊で精鋭部隊として位置づけられていますが、これは陸上自衛隊においても同様です。配属されるには、高いハードルが待ち受けています。

精鋭無比! 習志野駐屯地の第1空挺団

 パラシュートを背負い航空機から降下する――これだけ聞くと、スポーツとしてのスカイダイビングが思いつくかもしれませんが、これを任務としている組織があります。それが陸上自衛隊で精鋭無比の存在である第1空挺団です。

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航空自衛隊入間基地所属のC-1輸送機から連続降下する、陸上自衛隊習志野駐屯地 第1空挺団の隊員(武若雅哉撮影)。

 第1空挺団は千葉県の習志野駐屯地に所在する落下傘部隊です。陸上自衛隊で落下傘降下ができる、陸上自衛隊一の精強部隊としても広く知られていています。

 第1空挺団に所属する隊員は、全員が「空挺き章」という、落下傘降下ができる資格を持っていて、この「き章」を取得することができないと、空挺部隊の隊員になることができません。

航空機から飛び出す「空挺降下」というお仕事 陸自の精鋭部隊、配属までの遠い道のり

航空自衛隊入間基地所属のC-1輸送機から降下する隊員(武若雅哉撮影)。
航空機から飛び出す「空挺降下」というお仕事 陸自の精鋭部隊、配属までの遠い道のり

ヘリからも降下する。写真は陸自第1ヘリコプター団のCH-47JAより(武若雅哉撮影)。
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最新式の「13式空挺傘」(武若雅哉撮影)。

 では、実際にどのような訓練などを受ければ、空挺隊員になれるのでしょうか。もちろん、そもそもの大前提として陸上自衛隊に入隊する必要があります。

そしてその採用試験をクリアしてからも、数々の試験を突破しなければなりません。

 最初に訪れる難関は「空挺身体検査」です。これは空挺隊員を志望する隊員が、航空機からの降下に耐えられるかどうか、体力測定などフィジカル面から検査します。特に腰痛持ちの場合は、航空機から飛び降りた際の衝撃や、重い荷物を背負って運ぶことが多い空挺隊員には不向きのため、検査を通過できない恐れがあります。

検査をパスしても…「空挺き章」までの高いハードル

「空挺身体検査」に合格したら、いよいよ「空挺き章」を取得するための「基本降下課程」を履修します。

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13式空挺傘は主傘約17kg、予備傘約7kg。装備全体で80kg超の場合も(武若雅哉撮影)。
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2日ごとに行われる体育の時間は上半身裸で。これが空挺団の伝統(武若雅哉撮影)。
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体力検定で腕立て伏せをする隊員。2分間で自分の限界まで挑戦する(武若雅哉撮影)。

 この教育課程は、第1空挺団の隷下にある「空挺教育隊」が年に数回、約5週間の日程で実施しているものです。

体力の向上もさることながら、落下傘の取り扱いがメインで行われ、傘(かさ)の背負い方、開き方、主傘(しゅさん)が故障した場合の予備傘(よびさん)の開き方、着地の方法、着地後の行動など、訓練生は非常に多くのことを学びます。

 最終的には本物の航空機を用いて降下するのですが、最初はモックアップと呼ばれる航空機の模型を使ったり、飛び出し塔や降下塔と呼ばれる施設を使用したりして、徐々に高度を上げ、飛び出せるよう訓練していきます。

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着地など基礎的な動作は数百回以上練習し徹底的に体に叩き込まれる(武若雅哉撮影)。
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高さ11mほどの「飛び出し塔」から飛び出す練習をする隊員たち(武若雅哉撮影)。
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黄色の巨大な送風機で風を送り、着地後、強風に煽られる訓練も(武若雅哉撮影)。

 基本降下課程の集大成となるのは、実機からの降下です。約4週間に渡り基礎的な降下要領を学んだ訓練生たちは、ついに航空機から飛び降りることになるのです。この実機からの降下訓練は、航空機が安全に飛べる日に行われるので、早くて数日、長くても1週間程度の日程で行われます。

 ちなみに、航空機が飛行するのは高度約340m。これは333mの東京タワーとほぼ同じ高さです。この時の航空機の速度は約210km/hで、高速道路を走るクルマの2倍以上の速度から飛び出すことになります。新幹線でたとえるなら、最高240km/hで走る上越新幹線より若干遅いくらいです。

 飛び出した時の風による衝撃はすさまじく、しっかりとした体勢を保持していないと、強風に煽られて怪我をしてしまう恐れがあるそうです。また、航空機が発生させる騒音や、飛び出した瞬間の衝撃から耳を守るために、耳栓も装着しているのが特徴です。

 こうして、無事に実機からの降下を「5回」クリアした者だけが、念願の「空挺き章」を手にすることができます。

空挺降下の先にあるものと、それを支える人たち

 空挺部隊に配属されたのちも、もちろん、こうした降下訓練は続きます。無事に降下した隊員たちは、自分が使用した落下傘を回収して、集積所に持ち運び、その後に一般部隊が行っているような訓練を行います。これはつまり、空挺部隊はただ単に航空機から降下してその行動が終わるわけではないからです。彼らからすると、降下は移動手段のひとつであって、達成しなければならない任務は降下後に待ち構えているのです。

航空機から飛び出す「空挺降下」というお仕事 陸自の精鋭部隊、配属までの遠い道のり

実機での降下は「降下長」と呼ばれる隊員が指揮する(武若雅哉撮影)。
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実機から降下する前の隊員たち。真剣な表情の中にも緊張感が見える(武若雅哉撮影)。
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陸上自衛隊東部方面ヘリコプター隊のUH-1Jからの降下(武若雅哉撮影)。

 こうした空挺降下を支える部隊としては、たとえば「降下誘導小隊」と「落下傘整備中隊」などが挙げられます。

こちらも、第1空挺団隷下の部隊です。

「降下誘導小隊」は、陸上自衛隊の中でも空挺団にしかない小隊で、ごく少数の隊員が高高度から降下予定地域へ先行して隠密裏に降下し、主力部隊が安全に降下できるよう周囲の安全を確保するなど受け入れ準備を整え、航空機を誘導するのが任務です。彼らは「自由降下傘」と呼ばれる、一見するとパラグライダーなどで使うような角型のパラシュートを使用した「自由降下」(航空機から飛び出すと同時に落下傘を展開する「空挺降下」に対し、飛び出してから任意のタイミングで展開すること。より隠密、ピンポイントに降下できる)で展開しますが、この自由降下ができるのは降下誘導小隊と「偵察中隊」、「情報小隊」などのごく限られた隊員だけとなります。

「落下傘整備中隊」は、使用された落下傘を回収して、次の降下の際に確実に使えるように、落下傘の整備を行う部隊です。整備中隊の隊員として認められるには、正確な落下傘の畳み方などを学んだ後に、自分で畳んだ落下傘で自ら5回降下しないと、他人が使う落下傘の整備を請け負うことができません。それだけ責任のある仕事というわけです。

航空機から飛び出す「空挺降下」というお仕事 陸自の精鋭部隊、配属までの遠い道のり

航空機からの降下は飛び出した瞬間に強烈な横風を受けるため、体が大きく揺さぶられるという(武若雅哉撮影)。

 こうした部隊に支えられて行われる空挺降下ですが、毎年1月、習志野演習場において、その訓練の様子が一般に公開されています。

※一部修正しました(2019年7月31日11時20分)

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