ペルシャ湾とオマーン湾とをつなぐホルムズ海峡は、世界中のタンカーが行き交う海の要衝ですが、かねてより操船上も治安上も難のある場所でもあります。どのようなところなのでしょうか、外航船の船長に話を聞きました。

緊張高まる世界的な海の要衝

「乗組員の方々に大きな怪我がなかったのは幸いでしたが、心理的な影響は少なからずあると思われ、同じ商船乗りとしていたたまれません。ホルムズ海峡の安全が早く回復し、乗組員の皆さんが安心して航海できる環境に早く戻ってほしいと思います」

 2019年6月、ホルムズ海峡にて日本の海運会社が運航するタンカーが攻撃を受けた件について、世界最大手の海運会社である日本郵船の海務グループ安全チームにてチーム長を務める、本元謙司(ほんがんけんじ)船長はこのように心境を話しました。

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ホルムズ海峡を航行するアメリカ海軍の強襲揚陸艦「キアサージ」の飛行甲板上にて。アメリカ軍は特にイランの無人機などを警戒している。(画像:アメリカ海兵隊)。

 海運会社である国華産業(東京都千代田区)の「コクカ・カレイジャス」号(パナマ船籍)と、ノルウェー企業が運航する「フロント・アルタイル」号(マーシャル諸島船籍)の2隻のタンカーが何者かからの攻撃を受けたのは、6月13日のことでした。ペルシャ湾の出口にあたるホルムズ海峡には一気に緊張が走り、7月に入っても、イギリス船籍のタンカー「ステノ・インペロ」号がイランのイスラム革命防衛隊(イランの正規軍とは別の独立した公的武装組織で、イランの最高指導者〈現在ではアリ・ハメネイ師〉の直属部隊)によって拿捕されるなど、予断を許さない状況が続いています。

 そうしたなか2019年7月10日(水)、アメリカ軍のダンフォード統合参謀本部議長は、ホルムズ海峡の安全を確保するための有志連合を組織する考えを示しました。また7月26日(金)にはアメリカのポンペオ国務長官が、日本の自衛隊もこの有志連合に参加するよう要請したと報じられ、日本の対応に注目が集まっています。

日本で消費される原油の8割が通過

 サウジアラビアやアラブ首長国連邦といった、中東の産油国が軒並み面するホルムズ海峡は、世界経済にとってまさに大動脈です。もちろん日本もその例外ではなく、日本で消費される原油のおよそ8割、そして天然ガスのおよそ2.5割がホルムズ海峡を通過し日本へやってきています。

緊張走るホルムズ海峡、そもそもどんな場所? 現場をよく知る船長に聞く実際のところ

ホルムズ海峡最狭部にあり船の主要変針目標となる島、As SalamahとDidamarを北側から。
右下図のちょうど矢印の先あたりに位置する(国土地理院の地図を加工)。

 しかし、ホルムズ海峡は日本からおよそ1万km以上離れていることもあり、筆者(稲葉義泰:軍事ライター)を含めた大半の日本人にとって、実際のホルムズ海峡がどのような場所なのか、あまり知る機会はないことでしょう。そこを通過する船舶の船員にとっては、どのような特徴を有する海域なのでしょうか。

 前出の日本郵船 本元船長は「ホルムズ海峡は航路として認められている幅が片側約3kmという大変狭い海域で、そこに多くの船が集まります。船舶が輻輳(ふくそう:さまざまなものが1か所に集中すること)する海域のなかで、90度近く大きく変針する地点もあり、航海における難所のひとつです」と話します。

「3kmの幅」というとそれほど狭いという感覚はないかもしれませんが、タンカーやコンテナ船など、ただでさえ大きな船が集中し、しかもそれなりの速度で各々バラバラに動いているわけですから、どれほどの緊張感を強いられるのか、察するに余りあります。

問題は操船上の安全のみならず

 このように、もともと航海上の難所として認識されてきたホルムズ海峡ですが、操船上の「安全」に関わる難所であるのと同時に、やはり「『治安』上の問題が、過去にもあった海域であると認識しています」と本元船長はいいます。

「1980年代のイラン・イラク戦争、その後の湾岸戦争やイラク戦争、最近でいえばイスラム国の台頭など、ホルムズ海峡には政治的、治安上の不安定性さが存在しています。事実、同海峡において何者かにより一般商船が攻撃を受けた過去の事件も認識しており、『注意を要する海域』のひとつとの印象があります」

緊張走るホルムズ海峡、そもそもどんな場所? 現場をよく知る船長に聞く実際のところ

今回、話を聞いた日本郵船海務グループ安全チーム チーム長 本元謙司船長(2018年3月15日、乗りものニュース編集部撮影)。

 本元船長はまた、「昔から政治的な衝突のある場所」との認識も示しました。

 この「政治的な衝突」の代表例ともいえるのが、1980年代のイラン・イラク戦争中に発生した、いわゆる「タンカー戦争」です。当時、イランとイラクはお互いに戦争を有利に進めるために相手に痛手を負わせるべく、国家の経済活動にとって欠かせない石油精製施設や、ペルシャ湾を航行する各国の石油タンカーを無差別に攻撃する作戦をお互いに実施したのです。

その結果、多くのタンカーにミサイル攻撃や機雷の触雷による被害が発生し、ついには各国の要請によりタンカーの護衛に当たっていたアメリカ海軍の艦艇にまで被害が及びました。

 こうした過去の歴史を振り返ると、確かにアメリカ主導の有志連合への参加には慎重な意見も見られますが、一方でホルムズ海峡の安定化は日本にとっても重要であり、そのためには有志連合への参加もひとつの有用なオプションといえるでしょう。

 冒頭で本元船長が述べていたように、世界経済を支え、かつ日本の経済にとっても欠かすことができないホルムズ海峡に1日も早く平穏が戻ることを、筆者も切に願います。

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