航空機業界の再編が進みつつあるなか、業界3位のエンブラエルもまた生き残りをかけ手を打っています。同社は、三菱スペースジェットが世界市場で成功を収めるために乗り越えなくてはならないハードルのひとつでもあります。
2019年7月15日、ブラジルの航空機メーカー、エンブラエルが開発を進めている最新型リージョナルジェット旅客機「E195-E2」の飛行試験機が、アジアでのプロモーションツアーの一環として羽田空港に飛来しました。
2019年6月の「パリ国際航空宇宙ショー」に展示された、E195-E2の飛行試験機。7月には羽田空港に飛来している(竹内 修撮影)。
E195-E2は、日本航空グループのジェイエアとフジドリームエアラインズが運航している「Eジェット」シリーズの最新型です。同機およびその短胴型のE175-E2からなる「E2ジェット」は、三菱航空機が開発を進めているリージョナルジェット旅客機「三菱スペースジェット」と同じ、低燃費で騒音の小さい、アメリカのプラット・アンド・ホイットニーが開発したギヤード・ターボ・ファンエンジンを採用しており、三菱スペースジェットの強力なライバルになると見られています。
2019年3月の時点で1496機が生産されているEジェットシリーズをはじめ、数々のベストセラー機を世に送り出し、現在ではボーイング、エアバスに次ぐ世界第3位の航空機メーカーとして君臨しているエンブラエルですが、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。
ブラジル空軍は1960年代半ばから、軍用の小型ターボプロップ輸送機の開発を進めていましたが、当時、乗客数20名程度の小型旅客機市場に強力な競合機が存在していなかったことから、旅客機型の開発にも着手。エンブラエルはその小型ターボプロップ旅客機EMB110「バンデイランテ」の製造と販売のために、1969(昭和44)年8月に国営企業として設立されました。
EMB110は日本でも、広島と松山、大分を結ぶ路線を運航していた西瀬戸エアリンクに採用されるなど、軍用機型と民間機型を合わせて501機が製造されるヒット作となりました。
EMB110で成功をおさめたエンブラエルは、これより大型で30席クラスのターボプロップ旅客機、EMB120の開発に乗り出し、同機も350機以上が生産されるヒット作となったほか、1970年代にブラジル空軍向けに開発した軍用ターボプロップ練習機EMB-312「ツカノ」も500機以上が生産されるなど、着々と航空機メーカーとしての地位を固めている……ように見えました。
順調そうに見える裏側で一般的に、開発に巨額な資金を必要とする航空機メーカーは、完全な黒字経営になるまでには時間がかかるもので、エンブラエルもEMB110やEMB-312といったヒット作を連発していたものの、創設から10年以上が経過した1980年代になっても赤字経営が続いていました。そのうえ、前にも述べたようにエンブラエルは国営企業として設立されたため、公務員体質が強い経営陣と社員には、赤字経営から脱却しようという意識が希薄でした。

2019年「パリ国際航空宇宙ショー」に展示された、エンブラエルの最新型ビジネスジェット機「プライトール600」(竹内 修撮影)。
また1980年代にはEMB110を後継する、推進式プロペラ(後部で回転し、機体を押す形式)で飛行する小型ターボプロップ旅客機CBA123「ベクター」の開発に乗り出しましたが、野心的な設計ゆえに受注が得られず、開発費の3億アメリカドルが損失となってしまいました。さらに1991(平成3)年に勃発した湾岸戦争の影響による、全世界的な民間航空機の受注低迷が追い討ちをかけたことで、経営状況がさらに悪化。1万4000名にもおよぶリストラを行ったものの、赤字は膨らむ一方でした。
事態を重く見たブラジル政府はエンブラエルの民営化に乗り出し、1994(平成6)年にブラジルの金融複合企業体と社会福祉年金運用会社に売却されて、民間企業となりました。
民営化されたエンブラエルに、金融複合企業体から派遣される形で社長に就任したマウリシオ・ノビス・ボテーロは、エンブラエルの企業体質を改善するため、経費削減などの大幅なリストラを実施します。その一方で、国営企業時代から開発を進めていた50席クラスのリージョナルジェット旅客機「ERJ145」と、その短胴型で35席クラスの「ERJ135」の開発を加速させました。
迫る業界再編、エンブラエルが打った手は…?それまでターボプロップ機が主流だったリージョナル(地域)路線にジェット機を投入したいと考えていた全世界の航空会社は、こぞってERJ145とERJ135を発注。両機の中間に位置する45席クラスのERJ140も含めると、1200機以上が生産されるベストセラー機となりました。
ERJ145とERJ135を成功させたエンブラエルは、1990年代に前述したEジェットを開発。また21世紀に入って進出したビジネスジェットでも成功をおさめ、2013(平成25)年にはカナダのボンバルディア・エアロスペースを抜いて、世界第3位の旅客機メーカーの座を手に入れました。
しかし2018年7月、エンブラエルはEジェットなどの民間航空機部門を、ボーイングが80%、エンブラエルが20%を出資して設立した新会社へと移行することでボーイングと合意し、事実上ボーイングに買収されてしまいました。

2019年の「パリ国際航空宇宙ショー」でエンブラエルの展示スペース前に設置された創設50周年記念のオブジェ(竹内 修撮影)。
エンブラエルが民間航空機部門の売却に踏み切った最大の理由は、「単独で生き残ることは困難であると判断したため」と言われています。その要因のひとつには、リージョナルジェット旅客機市場でしのぎを削ってきたボンバルディア・エアロスペースが、110席から130席クラスのジェット旅客機「Cシリーズ」をエアバスに売却したことで、航空機メーカーの世界的な再編が加速する可能性が高くなったことが挙げられます。加えて、将来的に中国企業の世界市場への進出が予測されることもあります。
防衛部門は、ブラジル政府などの反対によりボーイングへの売却は見送られましたが、ボーイングとエンブラエルが開発を進めているKC-390空中給油・輸送機など、軍用機の市場拡大を図るための合弁会社を設立することで合意しているため、将来的に防衛部門もボーイングの傘下に入る可能性が皆無ではありません。
創設50周年を迎えたエンブラエルはいま、間違いなく大きな転機を迎えていると言えます。