世界有数の地震多発国である日本は、国としてもその研究に力を入れており、世界初という試みも、いくつもなされています。そのひとつが発生現場の直接観察。

海底下数千mというとてつもない深度へ、異形の船「ちきゅう」が挑みます。

来たる巨大地震へ立ち向かうために

 9月1日は「防災の日」。1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災にちなんだもので、全国各地で防災訓練が行われる日でもあります。世界有数の地震多発地域である日本においては、そうした日頃の備えが啓発される一方、地震そのものに対する研究も進んでいます。その最先端にあるのが、JAMSTEC(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)が保有する地球深部探査船「ちきゅう」です。

 同船は、海底下を掘削して地層や地質を物体として取り出し、さまざまな分析や研究を行う科学掘削船です。

これがどう地震研究につながるかというと、簡単にいえば、地震が発生する地中の現場そのものを掘り出し観察することで、その発生メカニズムを解明するというわけです。また、いざ地震が発生した場合に早期検知が可能なシステムを構築することにもひと役買っています。

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JAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう」。マントルまで掘り進められる能力を誇る(貝方士英樹撮影)。

 とにかく見た目が異様です。全長210m、幅38m、排水量は5万6752総トン、船体の中央部分には大きなデリック(やぐら)が立っていて、高さは船底から約130mもあります。

全長210mは新幹線の車両で8両ぶんの長さ、高さ130mは30階建て高層ビルの高さと同じです。たとえば海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦「いずも」は全長248m、幅38mなので、その飛行甲板に横浜マリンタワー(高さ106m)を建てたようなものです。

 船首のブリッジ(船橋、操舵室)前方に、帽子のひさしのように突き出ているヘリコプターデッキも目を引きます。「ちきゅう」の航海は長期間になることが多いため、乗員の交代など洋上の本船への乗下船はヘリコプターが使用されます。傷病者の搬送や軽補給などもヘリが担います。ヘリデッキは、海上自衛隊のMCH-101など、定員30名前後の大型ヘリの発着が可能です。

 最大乗船者数は200名(乗員95名、研究者その他105名)。乗船者は船体前方の居住区画で起居します。世界各国の研究者が乗船するためか、食堂は洋食中心のビュッフェスタイルです。名物は、挽き肉を主具材としたドライタイプのルーにゆで卵とフライドオニオンがトッピングされた「ちきゅうカレー」で、JAMSTEC横須賀本部が施設一般公開を行う日に、本部の食堂でも味わうことができます。

実際にどう海底を掘り進める?

「ちきゅう」が行う「科学掘削」とは、具体的にどのように実施されているのでしょうか。簡単にいえば、先端に強靭な刃先を付けた筒「ドリルパイプ」を繰り出して回転させ、海底下を掘り、目的の深度で地層・地質試料を採取し、船上の研究室で細かく調べるというものです。

海底下数千m、巨大地震の発生現場どう探る? 研究の最先端は異形の船「ちきゅう」に!

掘削作業の中枢部「ドリルフロア」。床の黄色く囲われた部分が井戸芯で、ドリルパイプはここから降ろされていく(貝方士英樹撮影)。

 先述したデリック(やぐら)の基部が「ドリルフロア」と呼ばれる区画で、その下層に「ムーンプール」という開口部があり、ここからデリックに吊られたドリルパイプが海中へ降ろされていきます。デリック前後には何本ものドリルパイプが平積みされており、これを継ぎ足しながら目的の深度まで掘り進めていく、というのが基本です。ドリルパイプ1本の長さは9.5mですが、目的の深度は海底までの数千mに加え、海底下数千mであり、つまり膨大な数のドリルパイプを継ぎ足すことになります。気の遠くなりそうな作業ですが、もちろん自動化されています。

 ドリルパイプが目的の深度へ達すると、その中をサンプル採取器「コアバーレル」が降り、先端中心の開口部から繰り出され、地層を採ります。採取そのものはパイプでえぐるように取るため、目的の試料「コアサンプル」は、円柱状で全長9mから9.5m、直径約70mmのサイズになります。

 パイプ内を通るワイヤーで船上へと引き上げられたコアサンプルは、船首側にある研究区画へ移送され、作業しやすいよう1.5mずつに切断されます。研究区画は4層構造で、最上階から下へ向かって「コアの切断」「冷蔵保管」「非破壊内部構造分析(X線CTスキャン)」「各種の精細な分析」「保管(アーカイブ試料用)」という流れで、分析や処理などが行えるように各種分析機器が配置されています。

 大掛かりな設備で小さな試料を掘り出し、分析はミクロレベルで行われます。数千mからミクロ単位へ、オペレーションスケールの変化はダイナミックです。

掘って、それから?

 こうして地中の試料を採取し分析することで、何がわかるのでしょうか。「ちきゅう」のミッションとしては、たとえば深海底下で生命の起源を探求することや、地球環境の変動を調べ将来予測に寄与すること、マントルまで掘り進み研究未踏領域を切り拓くこと、海底資源の探査などが挙げられますが、冒頭でふれたように、巨大地震およびそれにともなう津波の発生メカニズムの解明にも大きく貢献しています。

海底下数千m、巨大地震の発生現場どう探る? 研究の最先端は異形の船「ちきゅう」に!

「ちきゅう」の大きな特徴のひとつ、船体中央にそびえる掘削櫓「デリック」を船首側の研究区画から(貝方士英樹撮影)。

 東日本大震災後、2012(平成24)年に行われた「東北地方太平洋沖地震調査掘削(JFAST:Japan Trench Fast Drilling Project)」では、地震の発生源と見られる「プレート境界断層」そのものから試料を直接掘り出し、その掘削孔内に温度計などを挿入して定置、長期間の温度計測を行いました。その結果、震源断層域におけるプレートの滑りなどの実態や大津波発生メカニズムを世界で初めて明らかにし、これらは発生が予測される南海トラフ地震などへの防災・減災対策としても活かされています。

 もちろん、南海トラフ地震そのものに関する調査、科学掘削も進められています。2018年10月7日から2019年3月31日までの約半年間にわたり実施されていた、世界26か国が参画する共同計画に基づく航海では、当初計画を断念するなど紆余曲折もありましたが、掘削で生じる「カッティングス」と呼ばれる岩石の破片を採取し分析、研究するなど、おそらく世界初の試みも実施されています。このときの掘削で得られた試料をもとに、各種の分析や研究の統合的な取りまとめが現在、行われています。

 こうした調査で掘られた海底の孔(あな)は、地震の早期警戒監視システム構築にも活用されています。たとえば紀伊半島近傍の熊野灘沖東南海震源域における地震・津波観測監視システム「DONET(ドゥーネット。Dense Oceanfloor Network system for Earthquakes and Tsunamis)」は、海底の孔に設置した観測機器のネットワークにより、ゆっくりした動きの地殻変動や大きな地震動までリアルタイムの観測が可能で、巨大地震とそれにともなう津波の早期検知が見込めるものです。

 地震の多い我が国にとって防災・減災を推進するためには、こうした早期検知システムや、「ちきゅう」の科学掘削などがより重要になってきます。